1434 ハルマゲドン(90)
魔女ドーラから、余命幾ばくも無いコウモリを使って譲命術を試すよう迫られたジェルマ少年は、内心の動揺を隠すように明るく「いいともさ!」と答えた。
「施術は一瞬だが、精神を集中しなきゃならねえ。頼むから、静かにしててくれよ。ああ、それから、ラミアンの兄ちゃん、気が散るから、扉は閉めといてくれ」
澱みなくそれだけ一気に喋ると、ジェルマは「さあ、そのノスフェルを出してくれ」とドーラに促した。
ラミアンが扉を閉めるのをチラリと見たドーラは、一瞬、それを止めさせるか迷う顔になったが、「まあ、いいじゃろ」と呟くと、懐からノスフェルを出した。
「今年で十二歳ぞえ」
因みに、野生種のノスフェルの寿命は四五年と云われているが、伝書用に飼われているものは稀に十年以上生きるものもいる。
に、しても、十二歳というのが事実であれば、殆ど限界に近く、いつ死んでもおかしくはない。
歳のせいか体毛も斑に抜けており、細かく震え続けている。
部屋に入ってからずっと項垂れていたクジュケは、チラリとその様子を見て、絶望に打ち拉がれたような表情になった。
とても無理だと思ったのであろう。
が、意外にもジェルマはホッとしたような顔をした。
「よし。じゃあ、やるぜ。施術は一瞬だから、効果はすぐにわかるさ」
ジェルマは両手を広げて見せた。
「せーの、一、二の、三!」
パーンと手を鳴らし、ニヤリと笑った。
「さあ、今鳴ったのは、右手かな? それとも、左手かな? なんて、冗談さ。見てみな!」
その言葉が終わらぬうちに、バタバタと羽音がして、ノスフェルが室内を飛び回っていた。
ドーラはハッとしたように、「戻っておいで」とノスフェルを呼ぶと、掌に載せて矯めつ眇めつ調べた。
「ふーむ。すり替えた訳ではないようじゃな。おうおう、元気になり過ぎて手から飛び出しそうじゃ。まあ、これなら、信じてもいいじゃろう」
ドーラはノスフェルを放してやると、室内を飛び回るに任せ、真っ直ぐにジェルマを見た。
「ならば、次はわたしぞえ。さあ、やってもらおうかの」
が、ジェルマは苦笑して首を振った。
「無理に決まってんだろう。そんなにホイホイできる術じねえんだ。見た目じゃわかんねえだろうが、おいらもかなり消耗してるんだぜ。白魔の中和が終わりゃ、絶対やってやるから、それまで辛抱しな」
ドーラは少し胡散臭そうな顔になったが、「仕方あるまいのう」と承知した。
「じゃが、念のため、言霊縛りを掛けさせてもらうぞえ。さあ、誓うのじゃ」
ジェルマは鼻に皺を寄せた。
「疑り深え婆さんだな。いいぜ。誓うよ。ドゥルブの中和が上手く行ったら、おめえの寿命を延ばしてやるよ」
「言い方が曖昧すぎるわい。キッチリ述べよ」
「ふん。わかったよ。『ドーラがドゥルブを中和したら、譲命術でドーラに余命二百年を与える』これでいいかい?」
漸く納得が行ったらしく、ドーラは「いいじゃろう」と頷いた。
「後はドゥルブに最後まで気取られぬよう、おぬしらは予定どおりに振舞っておれ。おお、そうじゃ。わが孫たちはどうしておる?」
クジュケが言葉を選んでいるうちに、ラミアンが素っ気なく答えてしまった。
「どこから漏れたのか、この世の終わりが近いとの噂が流れてるので、民の動揺を鎮めに回ってますよ」
ドーラは嘲笑った。
「全く、民衆の統制がなっておらぬな。重要な情報は一切知らせず、権威に逆らう者は厳しく処罰するのじゃ。ふむ。今度のことが一段落したら、改めて兄上から孫たちに帝王学を教授していただかねばのう。まあ、そのためにも、この世を終わらせぬようにせねばな。よし。こちらはこれで良いとして、ドゥルブの面倒を看てやらねばのう。おお、こうしてはおれぬ。また、会おう!」
慌ただしく別れを告げると、ドーラはその場から跳躍した。
それを慕うかのように、ノスフェルがバタバタと飛び回っているのを見て、ジェルマが舌打ちした。
「婆さん、急ぎすぎて大事なノスフェルを忘れて行きやがったぜ。せっかくおいらが元気にしてやったのにさ」
完全にドーラが去ったことを確認したらしく、クジュケがやっと人心地がついたように、大きく息を吐いた。
「とにもかくにも、土壇場で譲命術が成功して助かりました。一先ず、お礼を言っておきます」
が、ジェルマは照れたように笑った。
「別に礼を言う必要はねえよ。譲命術はできなかったからさ」
「ええっ! で、でも、あれは?」
クジュケが、未だにうるさく飛び回っているノスフェルを指差すと、ジェルマは肩を竦めた。
「まあ、できるかどうかわかねえから、取り敢えず潜時術で時の狭間に入って、できる限りのことはやったが、上手く行かねえ。当たり前だよな。一子相伝がどうのなんて、全部噓っ八の、口から出まかせだからさ。それで、できるだろうことをやったのさ」
「できるだろうこと?」
「ああ。ゾイアのおっさんから癒しのコツは習ってたからな。実は、最初にこのノスフェルを見た時、寿命がどうのというより、病じゃねえかと思ったんだ。毛が抜けてるし、震えてたからな。で、何度か試すうちに効き目があったんだ。で、時を動かして、然も寿命が延びたように見せかけた、って訳さ」
クジュケはもう感情が追いつかないようで、「あなたって人は……」と言ったきり、その場にへたり込んでしまった。




