1432 ハルマゲドン(88)
カリオテの大公宮に現れた統領クジュケは、ドーラが寿命の延長を先にするよう要求して来たため、ジェルマ少年を迎えに来たのだと告げた。
すると、なんとジェルマはペロリと舌を出し、「やべえな」と苦笑いしたのである。
クジュケの顔色が変わった。
「ま、まさか嘘を吐いたのですか?」
ジェルマは開き直ったように顎を突き出した。
「だって、しょうがねえだろ? ああでも言わなきゃ、魔女は白魔の味方になってたんだぜ。おいらがカマした一か八かのハッタリのお蔭で、魔女はこっち側に付いたんだ。文句を言われる筋合いはねえよ」
絶句するクジュケに、横で聞いていたツイムが声を掛けた。
「詳しい経緯はわからんが、今更愚図愚図言っても始まらんだろう。何とか胡麻化して乗り切るしかない。何だったら、おれが」
クジュケはブルッと身震いした。
「全く、あなたたち南方人は何と能天気なのですか! あっ。わたくしとしたことが、要らざる偏見を述べてしまいました。今のは忘れてください。ともかく、至急何か対策を考えないと」
生真面目なファイムが「やはり正直に話した方が」と言いかけるのを、弟のツイムが遮った。
「兄貴、すまねえが、そういうのを馬鹿正直って言うんだぜ。嘘なら嘘で、それを貫くしかない。ジェルマ、何か考えがあるんだろ?」
ジェルマは自慢げに鼻を蠢かした。
「まあね。自分の寿命を譲る技、つまり譲命術は、最高難度の術だが、見た目じゃ成功したかどうかわかり難い。サンサルスの爺ちゃんみてえに死にかけてたんならすぐにわかるが、ドーラの婆さんはまだピンピンしてるからな。余命が延びるだけで若返る訳じゃねえから、素人にゃ成功か失敗かなんて、わかりっこねえよ」
しかし、クジュケは首を左右に振りながら「甘ーい!」と叫んだ。
「甘すぎますよ! あのドーラがそんな曖昧なことで納得するものですか! 必ず何らかの証拠を要求するはずです。勘ぐれば、そのために事前に施術を求めて来たのかも。いいえ、きっとそうです。ああ、何ということでしょう」
遂に頭を抱えて蹲ってしまったクジュケの背中を、ジェルマの小さな手がポンポンと叩いた。
「心配すんなって。おいらが上手いことやるからさ」
顔を上げてジェルマの手を掴むと、クジュケは拝むように頼んだ。
「本当にお願いしますよ。ここでドーラさまに旋毛を曲げられたら、何もかもブチ壊しです。ともかく、あまり待たせて疑われぬよう、今からバロードへ参りましょう」
「ええっ、今すぐかよ。おいらにだって、準備ってもんが」
躊躇うジェルマを逃がさぬように、クジュケは握っていた手をグッと引き寄せた。
「必要なものは、何でもこちらでご用意いたします。さあ、行きますよ!」
有無を言わせず跳躍の態勢になったクジュケに、慌ててツイムが「あ、待て、おれも」と呼び掛けたが、駆け寄る間もなく、二人の姿は消えていた。
茫然とするツイムの肩に、兄のファイムの手が載せられた。
「後は任せるしかない。クジュケどのは外交の専門家だし、ジェルマは賢い子だ。きっと上手く行くよ」
「あ、ああ、そうだな」
そう応えたものの、ツイムの表情は晴れなかった。
一方、譲命術を先に施すようクジュケに要求したドーラは、双王宮の一室で待たされていた。
前回会議中に老婆の姿で突然押しかけて来た時には、魔道による盗み聞きを防ぐという理由で、壁に鉛を仕込んだ密室に入れられたのだが、さすがに今回は普通の応接間に案内された。
因みに、ドーラの顔はいつもの美熟女であるが、着ている服は魔女めいた長衣ではなく、年齢相応のお洒落な婦人服で、これは前回のお詫びとお礼を兼ね、ウルスラ女王が事前に用意させていたものだ。
なるべくドーラの機嫌を損ねたくないという、バロード側の配慮である。
但し、世話をしているのはシャンロウではなく、もう一人の秘書官であるラミアンであった。
これは、迂闊に情報を漏らさぬための用心であろう。
それもあってか、同じ室内に居ながら、ラミアンは自分の仕事の書類に没頭し、ドーラの方を見向きもしなかった。
と、ドーラは聞こえよがしに独り言ちた。
「ああ、喉が渇いたのう。あの太っちょなら、何も言わずとも薬草茶ぐらい出してくれたろうに。全く、近頃の若い者は気が利かぬわい」
空気を読むのが苦手なラミアンも、さすがに書類を置いて顔を上げた。
「わかりましたよ。ぼくが用意して差し上げますから、ちょっと待ってください」
立ち上がったラミアンを、ドーラが「ちょっと待ちゃれ」と呼び止めた。
「ついでに窓を開けてくりゃれ」
「窓? いいですけど、今日は少し寒いですよ」
「良い良い。入って来れば、すぐに閉めてもらう故」
「はあ? 何が入って来るんですか?」
「わたしの古馴染みさ。良いから、早う」
訝りながらもラミアンが窓を開けると、バタバタと羽音を立てて何かが飛び込んで来た。
「わっ! な、何だ、コウモリか」
それは伝書用のノスフェルのようであったが、飛び方が不安定で、よろめくようにしてドーラの掌に降り立った。
毛並みも所々抜けて地肌が見えており、ずっと細かく震えている。
そのノスフェルを、ドーラは愛玩動物のように優しく撫でてやった。
「おお、よしよし。おまえとも長い付き合いじゃが、そろそろ寿命のようじゃな。が、安心せよ。おまえにもっと長生きしてもらいたいでな、わたしに譲命術を施術してもらう前に、おまえで確かめさせてもらうことにしたぞえ。余命幾ばくもないおまえなら、施術の効果がすぐわかるであろう。愉しみじゃのう」




