1431 ハルマゲドン(87)
ここは沿海諸国の盟主カリオテ大公国。
その大公宮で、ファイムとツイムの兄弟が話し合っていた。
因みに、共にカリオテ大公国とバロード連合王国の海軍大臣である。
「なあ、おれは一刻も早くバロードに戻りてえんだ。いいだろ、兄貴?」
若い頃に家を飛び出し、海賊にまで身を持ち崩したものの、北方警備軍のマリシ将軍に拾われ、ウルス王子の警護役を命じられたことが切っ掛けで、遂にバロードの大臣にまで上り詰めたツイムが、昔の不良少年に戻ったような口調で兄に頼んでいる。
が、ファイムは頑として首を縦に振らなかった。
「駄目だ。ジェルマの話じゃ、入れ替わりにタロスどのがバロードに戻ったそうじゃないか。任せておけ。怪我人のおまえが行っても、足手纏いになるだけだ」
「こんなの掠り傷だよ。おれを庇って重傷を負ったスルージにゃ申し訳ないが、お蔭でもう何ともねえんだ。逆に、こんなとこでノンビリしてちゃ、身体がおかしくなっちまう」
と、二人が話していた応接間の奥の扉が開き、「こんなところですまなかったな」と笑いながらスーラ大公が出て来た。
さすがにツイムは弾かれたように椅子を立ち、最敬礼で詫びた。
「ご無礼いたしました!」
が、スーラ大公は猶も笑顔でヒラヒラと手を振った。
「よいよい。強者の身体が鈍るほど、この国が平和だという褒め言葉じゃと思うたよ。それより、秘書官から知らせがあった。二人に来客じゃ。ジェルマという少年だそうだ。通してよいか?」
弟とほぼ同時に立ち上がっていたファイムも、ゆっくり頭を下げた。
「大公殿下御自らのご伝言、恐縮の至りにございます。勿論会わせていただきまする」
大公が自室に戻ると、それと入れ違いのようにジェルマが反対側の入口から通された。
「おっす! そろそろおいらの出番かなと思って、来てやったぜ」
ツイムは苦笑した。
「できればスルージの方が有難かったが、まあ、まだ傷が癒えぬだろうからな」
忽ちジェルマの口が尖った。
「何だよ、失礼だな。おいらは、かの大魔道師サンジェルマヌス伯爵の直系の子孫なんだぜ」
「だが、跳躍は不得意なんだろう?」
「そ、そりゃそうだが、人間誰しも、得意不得意はあるだろう? あんただって、クジュケのおっさんみてえにペラペラ外交辞令を喋くったり、タロスのおっさんみてえに一日中糞真面目な顔なんかできねえだろ?」
ツイムはつい吹き出してしまい、「ああ、笑い事じゃねえんだ」と、表情を引き締めた。
「とにかく、早くバロードに戻りたくて、兄貴に龍馬を一頭貸してくれと頼んでるんだが、怪我人にはどうのこうのと許してくれねえ。リープなら一瞬だからと思ったんだが、信用の置ける魔道屋はスルージしか知らねえし、どうしようかと悩んでたところさ」
ファイムが「だから無理をせずに」と弟を宥めようとして、ジェルマが開けっ放しにしていた扉の向こうを見て、絶句してしまった。
「そうです。わたくしが、ペラペラ外交辞令を喋るおっさんです」
そう言いながら入って来たのは、無論、バロードの統領クジュケであった。
若干クジュケを苦手とするツイムも、嬉しそうな笑顔になった。
「すまんな。態々迎えに来てもらって」
が、クジュケは笑わず、首を振った。
「迎えに来たのは事実ですが、相手はあなたではありません、ツイム大臣。魔道師の端くれでありながら、リープが苦手だと自慢している、そこのお子さまですよ」
ジェルマは舌打ちした。
「何だよ、皮肉かよ。おいらだって、おめえにできないこともできるんだぜ。潜時術とかさ」
クジュケも頷いた。
「でしょうね。そのわたくしにできない術の一つを、至急やっていただかなければならず、こうして迎えに来たのです」
「え? ああ、ドーラに寿命を二百年やるって件か。でも、あれは白魔を中和したら、って約束じゃなかったっけ?」
「わかっています。けれど、ドーラさまが、前払いを要求して来られたのです。そうしなければ、中和をしないと」
話は少し遡る。
ゾイアが機械魔神で地下隧道を掘っている現場を訪れ、作業を督促した後、ドーラはドゥルブが待つ古代神殿ではなく、反対のバロードへリープした。
双王宮の上空を飛びながら、独り言ちている。
「ふふん。ドゥルブの一員となって逆に支配するのも魅力的ではあるが、あからさまには言われなかったものの、そのためには一度死なねばならぬようじゃな。それはそれで最後の選択肢としてはアリじゃが、普通に長生きするのも悪うはないぞえ。ふむ。問題は、それがちゃんとできるのか、じゃな」
徐々に降下して行くと、建物の中からクジュケが出て来た。
「如何されました? ゾイアどのは順調のはずですが?」
警戒心を露わにするクジュケに、降りて来たドーラは微笑みかけた。
「そう怯えるな、クジュケ。取って喰いはせぬ。ゾイアの掘削現場は見て来たぞえ。あれなら、明日の朝にはエイサに到達しよう。ドゥルブもわたしを信用しておる故、全ては上手く行くさね。じゃが、そうなると、報酬がちゃんと貰えるか心配になって来たのじゃ。二百年の余命を、先にくりゃれ」




