1430 ハルマゲドン(86)
(作者註)
やや残酷なシーンがあります。
その頃、この惑星そのものが消滅するかもしれないことなど知らされぬまま、ガルマニアの内戦は熾烈を極めていた。
当初、敵の倍の兵力にものを云わせて一方的に攻め込んだコロクス・ドーラ同盟軍は、地の利を得たヤーマン軍にジリジリと押し返され、更に途中参戦したプシュケー教団のファーンの三千騎に深く斬り込まれて苦戦に陥った。
一時は自ら前線で指揮を執ったドーラも他が忙しく、白魔の支配下にあるサンテを代役として戦わせた。
ところが、ドゥルブは使い勝手の良いジョレに憑依先を乗り換え、サンテはほったらかしの状態にされたのである。
尤も、半分機械になっているサンテは、抑々悩んだり嘆いたりする能力がなく、与えられた命令どおり、危険を顧みずに攻め続けた。
そこへ、まずハリス配下の旧マオール軍二万が到着してドーラ軍の側面から猛攻を加え、更にプシュケー教団の援軍三万が来るに及んで、さすがに前線が保たずに崩れ始めた。
それでも猶、ドゥルブの精神統制下にある兵士たちは投降せず、徒に犠牲ばかりが拡大していた。
そこで、遂に堪りかねた総大将のコロクスが、前線までやって来たのである。
狒々の如き顔を真っ赤に染め、ドーラの姿で軍を指揮しているサンテを怒鳴りつけた。
「おみゃあは、何やっちょるんじゃ! こげな無謀な攻撃をしちょったら、なんぼ兵隊がおっても、だちかんでよ! ちっとは頭を使うて、マシな策戦を立てにゃあか!」
すでに魔道の効き目が薄れ、ドーラの姿がチラチラとずれて見えるサンテは、感情のない声で応えた。
「ご主人さまからは、『危険を顧みずに戦え』とのみ、ご命令を受けております」
「そのドーラの上におるわしが言うちょるんじゃ! 逆らうんかや!」
すると、サンテは意外なことを言った。
「マスターはドーラさまではありませぬ。北の大海に御座します、偉大なるお方にござりまする」
コロクスは舌打ちした。
「見てみいや。ドーラはドゥルブを上手あこと利用するちゅうとったが、結局、利用されとるでにゃあか。ああ、もう、止めじゃ止めじゃ。今ならまだ、土下座でもすりゃ大将も赦してくれるじゃろ。わしゃ降伏するでよ。後は勝手に」
言葉が不意に途切れた刹那、コロクスの頭部が空中に舞い上がり、首の切断面から噴水の如く血が飛沫いた。
その横で、サンテは何事もなかったかのように剣を鞘に納めていた。
コロクスは自分の身に何が起こったのか、最後まで気がつかなかったろう。
それほどサンテの行動は唐突であり、一切の躊躇いがなかったのである。
「戦いを止める命令は受けておりませんので。では、失礼いたします」
その後、サンテは更に攻撃を命じたが、さすがに前線を維持できず、総崩れになるのも時間の問題であった。
サンテは馬上で兵士たちを叱咤していたが、ドーラの幻影は消えかけており、本来の死んだ魚のような目をした髭面が露わになっている。
しかし、兵士たちの感情も麻痺しているのか、それとも自棄になっているのか、サンテの命ずるがままに、勝ち目のない戦いを続けていた。
と、ドーラ軍の隊列を斬り裂くようにして、ヤーマン軍の一騎が猛然とサンテのところへ接近して来た。
殆ど甲冑らしいものは身に付けず、長い黒髪を一つに縛って馬の尻尾のように垂らしている。
元はマオール帝国の親衛魔道師隊隊長タンファン、今はプシュケー教団の女騎士ファーンであった。
「そこなドーラの偽者、無益な戦いはもう止めよ! 既に勝敗は決しておるぞ! これ以上の犠牲は必要ない!」
その返事は投じられた剣であったが、それが届く前にファーンの姿は馬上から消えており、サンテの背後に短距離跳躍していた。
その手には抜き身の長剣が握られている。
「死ね、化け物!」
言いざま大上段から振り下ろし、サンテの身体を真っ二つにした。
が、驚くべきことに、サンテは半分ずつの身体でファーンにしがみついて来たのである。
ファーンは返す剣で左右に振り払い、馬上から落ちても蠢き続けるサンテに向かい、唇に指を当てて火を噴いた。
メラメラと燃え上がる炎の中で遂に動かなくなったことを確かめると、ファーンは戦場に響き渡る大音声で宣言した。
「敵も味方も良く聞け! ドーラの傀儡となりし敵将は、このファーンが討ち果たした! これ以上の戦いは無意味である! 速やかに投降すれば、温情を以て対処する! 無駄な抵抗は止めよ!」
マインドコントロールの中継器となっていたサンテが死んだためか、ドーラ軍の兵士たちは続々と武器を捨て、投降し始めた。
そこへ馬上にバスティル騎士団の旗を掲げて、ミハエルが駆け寄って来た。
「やったな、ファーン!」
盟友を目にして、厳しかったファーンの表情が緩んだ。
「うむ。これで戦は終わった。皆に勝鬨を上げさせてくれ。うっ」
手傷を負ったらしく、腕を押さえるファーンにミハエルが寄り添った。
「少し休んで手当てをしてくれ。おお、そうだ、兄貴のガブリエルが食事の用意をしているはずだ。そこへ連れて行こう」
「ああ、いや、まだ良い。戦争は、始めるよりも、終わらせる方が難しい。その処理が、あっ」
皆まで言わせず、ミハエルはファーンを抱き寄せた。
「後はおれたちが何とかする。頼むから休んでくれ、おれのために」
柄にもなく顔を赤らめたファーンは「よせ、皆が見ている」と言ったが、その声は小さかった。
(作者註)
ファーンとミハエルの関わりについては、1149 新国家への道(7)あたりをご参照ください。




