1429 ハルマゲドン(85)
凡そ二千百年前、主知族の三種の利器と呼ばれていた、聖剣、機械魔神、有翼獣人のうち、アルゴドラスは前の二つを騙し取り、その力で中原を制覇した。
尤も、実際にノシス族の神官を誑かして秘密を探り出したのは同体の妹アルゴドーラであり、当然、三番目のケルビムも手に入れようと、最後は拷問まで行ったという。
ケルビムの居場所は誰も知らないとわかったのは、その神官が苦痛に耐えかねて死んだ後であった。
ノシス族の報復を懼れた兄妹は、かれらの根拠地である自由都市イサニアを、完膚なきまでに攻め滅ぼしてしまった。
建物は全て取り壊して更地に変え、住民は連れ去って、後に王都となったヤナンの地下に幽閉したのである。
バロード聖王家の正史では、晩年になって気が咎めたアルゴドラスが、イサニアの跡地に宗教都市エイサを創り、慰霊の縁としたとされているが、事実は随分と違う。
エイサが成立したのはもっと後の時代であり、偶々その地に建てられた魔道師学校を中心に、自然発生的に都市になったのである。
エイサの建物の形がイサニアの古代神殿に似せて造られているところをみると、虜囚となることを逃れたノシス族の生き残りが、魔道師に身を窶してこの地に舞い戻ったのかもしれない。
千年後、没落した聖王家最後の王ボルスは、中原に身の置きどころがなくなって、エイサの魔道師たちに庇護を求め、荘園を一つ貰ってバローニャ公として細々と生き存えた。
その際ボルスは、人質を差し出すように、聖剣をエイサの魔道師たちに委ねたのである。
もし、この魔道師たちがノシス族の子孫であったなら、その心中は如何ばかりであったろう。
閑話休題。
歴史上、その在り処が常に明白だった聖剣に比べ、アルゴドラス聖王の征服事業の一翼を担ったデウスエクスマキナについては、その後、正史に何の記述もない。
実は、聖剣を使って禁断の時渡りを行い、王国の未来を垣間見てしまったアルゴドラスは、自ら未来へ行って王国を建て直そうと決意した際、二つの利器をどうするか悩んだのであった。
この場合、聖剣そのものを未来に持ち去れば歴史が変わってしまうため、複製として魔剣を造らせ、それで時を渡ったのだが、デウスエクスマキナについては山岳地帯の洞窟にそのまま隠すことにした。
二千年の時を越え、息子カルス王と共に北方蛮族を率いてバロードを奪い返す際、このデウスエクスマキナが再び役立ったのは言うまでもない。
しかし、後に『荒野の兄弟』の首領ルキッフの陥穽に落ち、デウスエクスマキナは自滅してしまった。
それでもアルゴドラス、当時の呼び名では大元帥ドーンは、デウスエクスマキナの頭部のみを取り外し、目の部分から出る熱光線で岩を融かしつつ、バロード領内を斜めに縦断する地下隧道を完成させ、蛮族軍を国外へ逃がしたのである。
その後、バロードの支配権を取り戻したウルス王/ウルスラ女王によって地下道は整備され、バロード北側の山岳地帯から、王都バロン、廃都ヤナンの地下を通過し、東南部国境の外まで一気に行軍可能な軍用道路となっている。
その東南部国境外出入口を風雨から護る建屋の前に、魔女ドーラが降り立った。
立派になった出入口を見て、しかし、ドーラは顔を顰めた。
「ふん。わたしらが苦労して造ったものをチャッカリ自分たちのものにしおって。まあ、良いわさ。そんな吝嗇臭いことを言うておる場合ではないの。ゾイアがどこまで掘り進んだか、確かめておかねばならぬぞえ」
実際、ここからエイサまでは、北方山岳地帯までと変わらぬほどの距離があり、如何にゾイアがデウスエクスマキナを駆使したとて、明日までに貫通できるかは微妙であった。
が、地下へ下りてみて、ドーラは思わず感嘆した。
新しく掘られた部分も、壁面に光る塗料が塗られており、遠くまで見通せたのである。
「ほう。これはこれは。もう先が見えぬほど進捗しておるわい。通常飛行では間に合わぬな。短距離跳躍を組み合わせて進むかの」
未知の場所へ直接リープするのは危険だから、目に見える範囲の遠方へショートリープを繰り返す高速飛行で、ドーラはトンネル内を突き進んだ。
やがて前方に眩い光が見え、通常飛行に戻して接近した。
見れば、熱光線で岩を刳り抜くように進むデウスエクスマキナの後方で、ゾイアが白い息を吐いて融けた岩を固めている。
冷え固まった壁面がすぐに光り出したところを見ると、ゾイアは冷気と一緒に塗料も吐いているのだろう。
ドーラは声を掛けるのを少し躊躇ったが、逆にゾイアの方が気づき、「おお、おぬしか」と声を上げて笑うと、デウスエクスマキナに「作業を一時停止せよ!」と命じた。
眩い光が消え、一瞬真っ暗になったが、ドーラがすぐに鬼火を出した。
「壁面の塗料だけでは暗いでの。だいぶ進んだようじゃな」
「ああ。われも驚いている。ゴーストに聞いたが、この機械は何千年にも亘って最上の状態を保って来たらしい。実は、アルアリ大湿原の水を地下から抜いたのもこの機械なのだ」
「そうか。わたしらは、二千年の間山中に置きっぱなしじゃったからのう。いや、その前も土中に埋まっていたというから、元々錆び付いておったのじゃろう。おっと、そんなことはどうでもよい。喜べ、獣人。まんまと白魔を騙したぞえ」
喜べと言われたものの、ゾイアの表情は微妙であった。
「そうか。うむ。疑う訳ではないが、詳細を教えてくれぬか?」
ドーラは鼻に皺を寄せた。
「正直に疑っていると言え。わたしがおぬしの立場でも疑うわさ。それ故、全てを包み隠さず言うつもりじゃ」
驚くべきことに、ここでもドーラは古代神殿でのドゥルブとの会話を殆どそのまま伝えた。
当然、ゾイアも顔色を変えた。
「われらを裏切るのか?」
が、ドーラは狡そうに笑った。
「おお、善哉、善哉。おぬしがそう思うなら、この策戦は成功じゃ。敵を欺くには先ず味方から、というでの」
ゾイアは猶も疑わしそうにドーラの顔を見ていたが、何故かフッと悲しげな表情になった。
「参考にならぬかもしれぬが、われの正直な気持ちを伝えておこう。永遠に近い寿命など、少しも幸福ではないぞ。愛する者が次々と死んだ後、孤独が募るだけだ。それは寧ろ、未来永劫に続く苦行のようなものだ」
ドーラは肩を竦めた。
「それくらいわかっておるわさ。じゃから、おぬしらの提案の方を受け入れたのではないかえ? ささ、明日の朝までにエイサまで貫通させねば、ドゥルブが自棄を起こすぞえ。急いでくりゃれ」
「そうだな。とにもかくにも、この世界の滅亡だけは防がねばならん。では、ドゥルブの方は頼んだぞ」
「おお、このドーラにお任せあれ!」
そう言いつつリープして消えたドーラの笑顔は、魔女そのものであった。
(作者註)
デウスエクスマキナについては、356 魔王親征(1) や 689 過去への旅(6) あたりをご参照ください。




