1427 ハルマゲドン(83)
バロードでの話し合いを終え、エイサの地下にある円筒状の空洞の内部に跳躍して来た魔女ドーラは、眼下に広がる古代神殿を見て驚いた。
嘸かし悲惨な状態になっているだろうと思いきや、機械兵に破壊された痕跡こそ残っているものの、残骸などは綺麗に片付けられ、神殿らしい静謐な状態に戻っている。
「ほう。白魔の乗っ取りが、思いの外上手く行ったようじゃな。ふむ。で、あれば、まだこちらに乗る手もあるのう。え? ああ、すみませぬ、兄上。両天秤こそ、この世を生きる最上の智慧。まあ、仕上げを御覧じろ」
ドーラは徐々に降下し、本殿の前に立った。
「警報も鳴らず、攻撃も、抗議の声も無し、か。まずは一安心じゃな」
巨人が通れそうなほど大きかった両開きの扉は跡形もなく破壊されており、青白い光に照らされた内部の伽藍とした広間が丸見えになっている。
その中に人影を見つけたドーラは、やや警戒した表情になった。
「見覚えのあるあの姿は、若しや……」
ドーラは少しだけ浮身すると、滑るように本殿の中へ入って行った。
広間の中央には玉座に似せた椅子が置いてあり、山羊の如き顎鬚を生やした男が、踏ん反り返るようにして座っていた。
その後ろには機械人形が立っており、鋏のような手に薄い板状のものを持って、男を扇いでいる。
ドーラは呆れたように、「なんとまあ」と声を上げた。
「よくよく取り憑かれ易い男よのう。念のため聞いておこうか。臆病なジョレらしからぬその態度から見て、おぬしはドゥルブじゃな?」
ジョレの顔に皮肉な笑みが浮かんだ。
「まあ、そういうことだ。が、なかなか居心地がいいから、この男を専用の下僕にしたよ。ああ、因みに、あのサンテとかいう半腐れの男は、自滅覚悟で戦うよう命じて、手放したぞ」
「それはよいが、逆に、おぬしの方がジョレに取り込まれたりしてはおらんじゃろうな」
ジョレの首が少しだけ傾いだ。
「ふむ、どうかな? 少なくとも、こうして小型自律機械に傅かれると良い気持ちになるから、多少の影響は受けたやもしれぬ。しかし、心配するな。やるべきことはキチンとやったぞ。古代神殿は完全に支配下に置いた。ついでに、あの赤目族とやらもな」
「ほう。あの狂信的な赤目族がおぬしに懐いたか。で、今はどうしておる?」
「神殿とその周辺の掃除が終わったら、各自の本来の日常に戻るように言ってある。今頃は飯でも喰っているだろうさ。そんなことより、そちらの首尾はどうだった? おっと、そうか、おまえだけ立たせたままは気の毒だな。ロビー、椅子を持って参れ!」
ドーラは小声で「こりゃ、だいぶジョレ化しておるわい」と呟いたが、持って来られた椅子の見窄らしさに、いっそ笑ってしまった。
「まあ、良いわさ。別に座る椅子に好みはないでな。それより、バロードでの経緯を逐一喋る故、途中で口を挟まずに聞いてくりゃれ」
「おお、無論だ」
ドーラは、バロードでの出来事を一切包み隠さず、全て正直に話した。
聞き終えたドゥルブは当然、怒りに満ちたジョレの顔で「裏切るつもりか!」と怒鳴った。
が、ドーラは平気な顔で肩を竦めて見せた。
「裏切るつもりなら、こうまで明け透けに話すものか。相手を騙すには、徹底せねば嘘と見抜かれる。権謀術数の初歩ぞえ。お蔭で、ほれ、このとおり」
ドーラは懐から聖剣を出して見せた。
ドゥルブは思わず、「うっ」と後退ったが、中和の対象となる本体は北の大海にあることを思い出したのか、吐息して姿勢を戻した。
「理性ではわかっていても、あまり気持ちのいいものではないな。引っ込めてくれ」
「ほう。おぬしの反応を見ておると、随分人間臭いの。まあ、気になるなら、しまっておくか」
ドーラは聖剣を懐に戻すと話を続けた。
さて、おぬしが乗っ取った古代神殿を北の大海へ運ぶ手順じゃが、当然、このままでは動かせぬ。
円筒状の空洞の上は、二千年に亘って土砂が堆積し、その上にエイサの市街地が載っておるからの。
かと云うて、丸ごと転送させるには、聖剣の力を以ってしても重量があり過ぎるそうじゃ。
ああ、これはゾイアに、というか、その身体に聞いたのじゃ。
そこで、唯一可能な方法として提案されたのは、機械魔神、本来の呼び名なら、巨大自律機械に地下を掘らせるというものじゃ。
幸い、北方からバロードの東南端までは隧道があるから、これを多少拡張してここまで繋げばよい。
尤も、この場合も神殿丸ごとは困難じゃから、中核の本殿部分のみを切り離し、運ぶことになる。
運ぶのは、勿論ゾイアじゃ。
よくわからぬが、牽引車というものに変身すると言うておった。
もう日数もない故、ゾイアは先に南の大海へ行き、海底のダフィニア島に保管されておるデウスエクスマキナを一体借り受け、今頃は作業を始めておるはずじゃ。
明日にはここまで掘り進めるであろうから、その間に、本殿の切り離しをしてくりゃれ。
何じゃ?
赤目族はどうするか、じゃと?
知らぬわ。
煮るなと焼くなと好きにせよ。
ともかく、地下を通り抜けて北方へ出れば、そこからゾイアが飛行形態に変身し、北の大海の上空まで運ぶ。
そこでわたしはおぬしを中和するフリをして、宙船と合体させ、そこへ乗り込んで共に空の彼方へと逃げる。
どうじゃ、完璧な策戦じゃろう?
(作者註)
北方からバロード東南部へとつながるトンネルについては、例えば 749 バロード内戦(14)あたりをご参照ください。




