1426 ハルマゲドン(82)
ウルスラ女王は魔女ドーラに、白魔中和後に聖剣を返してもらう見返りとして、中原東南部に新たな国を創ってはどうかと提案した。
更に弟ウルス王からの説明を聞き、少しは気持ちが動いたようだが、結局提案を拒否して立ち上がりかけた。
「待って欲しい」
そう声を掛けたのはゾイアであったが、何故か服の胸の部分を開けている。
ドーラは苦笑した。
「おぬしの裸を見せられたとて、わたしの気持ちは揺るがぬぞえ」
「そうではない。まあ、暫し待て」
ゾイアの胸に人の顔のようなものが浮かび上がり、スルリと人間の頭が出て来た。
「ふうっ。何か変な感じだな。早く自分の身体に戻りたいよ。ああ、そんなこと言ってる場合じゃねえな。殆ど知ってる顔だけど、改めて自己紹介するよ。おいらジェルマ。かの大魔道師サンジェルマヌス伯爵の直系の子孫さ」
それは、ドーラに騙されて『識閾下の回廊』に迷い込み、本来の自分の身体にタロスの意識が入ったため、仕方なくゾイアの身体に間借りしているジェルマ少年であった。
ドーラは悪びれずに言い返した。
「言われずとも、わかっておるわさ。じゃが、好いておったのはサンジェルマヌスの方で、わたしは何とも思っておらぬ。よって、幼き頃のサンジェルマヌスに生き写しじゃというて、情に絆されたりはせぬぞえ」
頭部だけのジェルマは鼻を鳴らした。
「こっちだってわかってらい。おいらが態々出て来たのは、おめえにちゃんとした提案があるからさ。さっきから聞いてると、もう老い先短いみてえなこと言ってたから、おいらから贈り物をしようと思ったのさ」
「贈り物?」
「ああ。長命族には、生涯に一度しか使えねえ秘法があるんだ。自分の寿命を他人に譲る術さ。まあ、ご先祖さまみてえに三千年はねえけど、おいらだって千年近い寿命はある。そのうちの百年、いや、二百年やるぜ」
これにはドーラではなく、ゾイアが心配して聞き返した。
「良いのか?」
「勿論さ。だって、魔女がうんと言わなきゃ、どっちみちこの世界は終わるんだろ?」
しかし、喜ぶかと思われたドーラは何か考え込んでいる。
「ふむ。そういえば、死にかけのサンサルスを救うためにサンジェルマヌスがその術を使ったと聞いたことがあるのう。それもいいかもしれぬが」
ドーラは返事を待つジェルマを無視し、ゾイアに話し掛けた。
「そこまで譲歩するのなら、いっそおぬしの不死身の身体を貰った方がお得じゃのう。それならわたしも即決するぞえ」
すると、ゾイアではなく、喉の辺りから出る抑揚のない声が答えた。
……誤解なさっているようですので、人工実存についてご説明いたします。
……当機に上書きされる人格は、基本的に複製です。
……従って、現状で当機を初期化し、あなたの人格に変えても、あなたという人間の人格は、元の肉体にそのまま残っています。
……その際、一時的に記憶喪失となるため、恰も人格が移動したように見えても、記憶が戻れば、原型の人格は元のままです。
……これは、タロス氏という人物の例を見ればおわかりでしょう。
……但し、タロス氏の場合、当機が完全に初期化されていない状態で合体したため、人格の融合が起こり、ゾイアという第三の人格が生まれました。
……因みに、当機にコピーされた人格が完全に初期化され、その後上書きされれば、元からあった人格は当然消滅します。
……もう一つ、特殊な事情があります。
……タロス氏との合体の際、その精神内に設定されていた異次元通路、当地での言い方では『識閾下の回廊』の出入口もコピーされました。
……この通路を使っての人格の移動については、その両者が生存している必要があるため、あなたが当機に移動した後に肉体が死ねば、あなたの人格は拠り所を失って消滅するか、通路内でだけ存在できる擬似人格となります。
……以前あなたの人格が当機に上書きされた際には、ゾイアという人格をこの通路で一旦タロス氏に避難させ、元に戻すことができましたが、それも両者が生存していたからです。
……結論として、あなたが当機によって永遠の生命を得ることはありません。
聞き終わったドーラは、大きく溜め息を吐いた。
「まあ、神ならぬ身故、永遠に生きたいとまで思わぬが、言われてみれば確かにそうじゃな。腑に落ちたわい。と、すれば、二百年の余命で手を打つのが得策であろうな。ジェルマよ、おぬしの頼みを聞いてやろう。さあ、いつでもよいぞ」
首だけのジェルマは軽く舌打ちした。
「見りゃわかるだろ? こんな状態で施術できるかよ。おいらを本来の身体に戻してくれなきゃ、無理さ」
「おお、そうであったな。ふむ、ということになると……」
ドーラの視線は、自然とタロスの身体に宿っている兄アルゴドラスに向いた。
アルゴドラスは惚けた顔をして見せた。
「余はどちらでもよいぞ。この肉体はなかなか居心地が良いからな」
「そう皮肉を言いやるな。わたしとて、一心同体の兄上を捨てるつもりなどなかったのじゃ。兄妹喧嘩はこれくらいにして、仲直りいたしませぬか?」
アルゴドラスは笑った。
「良きに計らえ」
「では」
ドーラがゆっくり呼吸すると、徐々に身体の曲線がゴツくなり、長かった髪が抜け落ち、瞳の色がみるみる青くなって来た。
完全にアルゴドラスに変わると、タロスの身体がガクッと揺れ、一旦閉じた瞼が開くと、「こ、ここは?」と首を傾げた。
同時に、ゾイアの胸から突き出していたジェルマの頭がスルスルと引っ込み、跡形もなく消えた。
開けた服を元に戻すと、ゾイアは莞爾と笑った。
「これで戦う準備は整ったな。いざ、最終決戦だ!」
(作者註)
ドーラがゾイアの身体を乗っ取った件は 401 聖王奪還(15)を、メトス族の秘術については 454 メメント・モリ(4)を、ご参照ください。




