1425 ハルマゲドン(81)
話し合いが終わり、別室から呼び戻された魔女ドーラはいつもの美熟女姿に戻っており、会議室にいる皆を驚かせた。
先程はシャンロウに座らせてもらった椅子に一人でドカリと座ると、開き直ったように皆を睥睨した。
「ふん。話を聞いてもらうために同情を引こうとしたのじゃが、もうその必要もないでな。で、結論は出たかの?」
その視線を撥ね返すように微笑んだウルスラは、「ええ」と頷いた。
「詳細な打ち合わせは、この後クジュケとゾイアの三人でしていただきたいと思いますが、結論としては、お祖母さまに聖剣をお預けすることにいたします」
ドーラの口が皮肉そうに歪んだ。
「ほう? 異なことを聞くものじゃ。本来わたしのものである聖剣を、返すのではなく預けるだけと申すのか?」
これにはウルスラではなく、アルゴドラスが答えた。
「おまえのものではない。『アルゴドラスの聖剣』と呼ばれておるように、抑々あれは余のものだ」
睨み合う兄妹を宥めるように、ゾイアが「まあ、お二人とも落ち着かれよ」と割って入った。
「抑々ということならば、あれは魔道神のもの。それが奪われてギルマン王家の宝物となっていたのを、われが三千年前に蛟退治の報酬として受け取った後、主知族に託したのだ。『アルゴドラスの聖剣』と呼ばれることになったのは、更にその千年後であり、奪い取った王の名が冠せられたにすぎない」
すると、いがみ合っていた兄妹が声を揃え、「無礼者!」と怒りの声を上げた。
収拾がつかなくなると見て、ウルスラが「ごめんなさい!」と大きな声で謝った。
「わたしの言い方が悪かったわ。聖剣はお祖母さまにお渡しします。けれど、その代わり約束してください。白魔を中和したら、本来の持ち主であるバルルにお返しくださると」
ドーラは肩を竦めた。
「ふん。頭の悪い孫娘じゃな。本来の持ち主はわたし、か、まあ、兄上かじゃ。三千年前がどうのと言われても、わたしはまだ生まれてもおらぬぞえ。それを善意の第三者として手に入れた以上、所有権はわたし、か、兄上にあるのじゃ。それに、返すも何も、バルルはもうおらんのじゃろう?」
これには、成り行きを見守っていたゲルヌ皇子が口を挟んだ。
「中和が成功すれば、必ずバルルは戻って来る。何故なら、中和だけではドゥルブを完全に消去させられぬ以上、宙船ごとこの世界から撤去せねばならんからだ。その際、本来この世界に属さないものは、一切合財持ち帰るはずだ。聖剣を含めてな」
ドーラは鼻を鳴らし、「話にならんのう」と口を曲げた。
「それでは只働きぞえ」
ウルスラが説明しようとするより早く、ラミアンが「違いますよ」と否定した。
「ちゃんと条件を提示、え?」
横にいるクジュケから強く袖を引かれても、意味がわからぬ様子のラミアンに、ウルスラが「それはわたしから話すわ」と諭した。
「お祖母さま。中和が成功し、この世界が滅びずに済んだ時には、中原東南部に国をお創りください。わがバロード連合王国が全面的に支援いたしますわ」
が、ドーラは不機嫌な顔で「要らぬわさ」と断った。
「と、いうより、それは報酬とは言えぬじゃろう? これが、バロードやガルマニアをくれるというならまだしも、未開の土地を好きにしろと言われて、有難く受け取るほど、わたしはお人好しではないぞえ」
それ以上説得の材料がなく、唇を噛んでいたウルスラが、「え、今? いいけど」と自問自答して、顔を上下させた。
瞳の色が鮮やかなコバルトブルーに変わり、顔立ちも青年らしくなった。
「お祖母さま、ウルスです。ぼくから説明してもいいですか?」
ドーラの表情が少しだけ和らいだ。
「まあ、聞くだけは聞いてやろう。言うてみよ」
ありがとう。
ぼくは直接、中原東南部の土壌を調べたんだ。
もう涎が出そうなほど豊饒な土だったよ。
お祖母さまも知ってると思うけど、中原は、西は乾燥、東は湿潤、北は荒蕪、南は肥沃と云われていて、本当なら東南部が一番豊かになるはずだったんだ。
ところが、古代に宙船が墜落した際、汚染された物質があの地域に集中したらしいんだ。
これは想像だけど、それが南の大海へ流れ込まないように河が堰き止められ、アルアリ大湿原ができたんじゃないかな。
それがゾイアの、っていうか、黄金城というもののお蔭で綺麗になり、水も抜かれた。
今でこそ薄っすら雑草が生えてるくらいだけど、手を加えれば、とんでもない大穀倉地帯になるし、そこに国を創れば、間違いなく中原で一番豊かな国になるよ。
ああ、それから、友だちのハンゼに聞いたんだけど、お祖母さまが治めていたバローニャ州の住民たちは、歴代の支配者の中で、今が一番いいってみんなが言ってるそうだよ。
だからお祖母さまが創る新しい国も、きっと豊かで暮らしやすい素晴らしい国になると思うんだ。
だから、お願いだよ、お祖母さま。
この世界を救って、新しい国を創ってよ。
聞き終わったドーラは大きく息を吐いた。
「成程のう。なかなか魅力的な話ではあったぞえ。わたしがもう少し若ければ、飛びついておったやもしれぬ。が、その豊かな国が出来上がる頃には、わたしの寿命が尽きておるわさ。残念じゃったな。この話は、無しじゃ」
立ち上がりかけたドーラに、「待って欲しい」と声が掛かった。
(作者註)
三千年前のことについては、686 過去への旅(3) ~ 696 過去への旅(13)あたりをご参照ください。




