1424 ハルマゲドン(80)
今にも倒れそうな老婆の姿で入って来たはずの魔女ドーラは、皆が呆れるほどの熱弁を振るい、ウルスラ女王に決断を迫った。
一瞬の沈黙の後、ウルスラは大きく息を吐いてから返事をした。
「皆と相談します」
ドーラは皺に埋もれそうな口を皮肉に歪めた。
「おまえは女王じゃろう? おまえの責任に於いて決断すればよいのじゃ。それが高貴なる者の義務ぞえ」
が、ウルスラは微笑みすら浮かべて断った。
「いいえ、お祖母さま、わたしは独断はいたしません。ああ、勿論、最終的な決定はわたしが下しますし、その全責任は負う覚悟です。けれど、そこに至るまでに、充分に話し合いたいの」
「ふん。衆愚を集めて何になろう。こういう時こそ、君主たる者の英断が必要なのじゃ。のう、兄上?」
急に話を振られたアルゴドラスは、両方の眉を上げただけで、何も答えなかった。
ドーラは鼻を鳴らし、「ならば、存分に話し合ってくりゃれ」と横を向いた。
が、ウルスラは軽く手を挙げると、付き添い夫のようにドーラの後ろに立っている秘書官のシャンロウに頼んだ。
「わたしが呼ぶまで、お祖母さまを『鉛の間』にお連れして休んでいただいて」
シャンロウは「わかっただよ」とドーラの手を引こうとしたが、ドーラは邪険に払い除けた。
そのまま椅子から立とうともせず、ウルスラを睨んだ。
「無礼にもほどがあろう。わたしは胸襟を開いておるのに、別室に監禁しておいて密談かえ?」
ウルスラも負けていなかった。
「監禁などいたしません。ちょっと席を外していただくだけです。尤も、魔道で盗み聞きなどなされないように、ニノフ兄さまに教えていただいて作った、鉛を仕込んだ壁の特別室に入っていただきますけど」
ドーラは憤然と立ち上がった。
「わかったわえ。そこへ入ってやるから、幾らでも好きなだけ話し合うがよいわさ。太っちょ、連れて行きゃれ!」
ドーラの剣幕に気圧されながらも、シャンロウは「ええだよ」と案内して行った。
ドーラが別室に入った頃合いを見計らって、ウルスラは溜め息混じりに、「みんな、どう思った?」と尋ねた。
真っ先に口を開いたのは、若い秘書官のラミアンである。
「信じちゃ駄目ですよ、陛下。なんだかんだ上手いこと言って、聖剣を手に入れようとしてるだけです」
横のクジュケが眉を顰めたが、今度はラミアンの無礼を咎めなかったのは、同じ意見だからであろう。
ゲルヌ皇子もそれに同調した。
「怪しすぎる、と思う。あまりにも時機が合っている。こちらの手詰まりを見越して、今なら聖剣を騙し取れると考え、それなりの理由をでっち上げたのだろう」
ゾイアは自分の考えを言わず、隣のアルゴドラスに「如何思し召す?」と聞いた。
アルゴドラスはドーラと同じ皮肉な笑みを見せ、「申して良いのか?」と逆に問うた。
クジュケが止める間もなく、ウルスラが「勿論ですわ」と答えた。
ならば、余の考えを言おう。
アルゴドーラの申しておることは、ほぼ事実であろう。
が、その真意は、兄である余にも測りかねた。
悪を為さんとして善を為すつもりなのか、そう見せかけて悪を為すつもりか、そのどちらも在り得るし、もしかすると、本人も最後のギリギリまで決めかねているのかもしれぬ。
尤も、どうすべきかと問われるなら、答えは決まっている。
アルゴドーラに聖剣を渡すべきだ。
小僧、そう嫌な顔をするな。
最後まで余の話を聞け。
先程も言ったように、極光の害が多少あったとて、アルゴドーラが白魔を中和する間ぐらいなら大したことはあるまい。
逆に、獣人が中和を試みてオーロラに侵され、常軌を逸した場合には、ウルスラが申したように成す術がなくなる。
問題は、アルゴドーラが本当に中和するのか、否か、だ。
これはもう、実利を以て説得するしかない。
中和が成功した場合、それに見合う利益を与えるのだ。
そうさな、まあ、行き掛かりということもある故、ガルマニアをやったらどうだ?
怒るな、三男坊。
母国を魔女に明け渡すのは業腹だろうが、この世界そのものが無くなるよりはマシであろう?
それくらいの犠牲を払わねば、アルゴドーラを納得させられぬぞ。
それとも、ガルマニアの代わりに、バロードをやるか、ウルスラ?
その問い掛けには、ウルスラではなく、ゾイアが答えた。
「せっかくのご提案だが、ガルマニアにせよ、バロードにせよ、魔女ドーラに渡すことはできぬ。が、新たな国をドーラが創るのなら、それを援助するのはやぶさかではない」
アルゴドラスは不快そうに唇を歪めた。
「新たな国? どこにそんな場所がある? 言っておくが、自由都市に毛が生えたような小国では、妹は納得せんぞ」
「小さくはない。いや、バロードやガルマニアよりも大きいだろう」
アルゴドラスは鼻で笑った。
「マオール帝国か? はっ。随分と手前勝手な話だが、それならそれでも良いぞ」
ゾイアは苦笑した。
「ああ、誤解されては困る。われは新たな国と言ったはずだ。中原東南部のアルアリ大湿原の跡地だ。黄金城によって毒気と水が抜かれたから、間もなく大穀倉地帯となるはずだ」
アルゴドラスは「うーむ」と考え込んだ。
ラミアンが小声で「まるで自分が貰うみたいですね」と茶化すと、クジュケが「しっ」と叱った。
それにも気づかずに考えていたアルゴドラスは、「成程」と頷いた。
「良かろう。それで手を打とう。あ、いや、妹を説得してやろう」




