1423 ハルマゲドン(79)
突如双王宮にウルスラを訪ねて来た魔女ドーラは、本来の老いさらばえた姿を晒し、このままでは世界が滅びると警告した。
「或いはもう知っておるやもしれぬが、古代神殿にはもう魔道神はおらぬぞえ。逃げたのじゃ」
これには当然ゲルヌ皇子が反論しようとしたが、それをゾイアが目顔で抑え、「何故そう思う?」と尋ねた。
ドーラの皺ばんだ顔に、皮肉な笑みが浮かんだ。
「そう警戒せずともよい。バルルがおらぬのは事実じゃし、それを知らずに襲った白魔の手下が、そこにおる赤毛の三男坊に返り討ちにされたことも知っておる。全部ドゥルブから聞いたでなあ」
ラミアンがそれ見たことかという顔をした。
「ぼくの言ったとおりじゃありませんか。ドーラとドゥルブは仲間なんです。これ以上話をする必要はありませんよ。すぐに追い返しましょう」
これには、ドーラ本人でもなく、先程言い争いになったアルゴドラスでもなく、ラミアンの上司であるクジュケが訓告した。
「おまえは少し口を慎みなさい。仮にも女王陛下のお祖母さまなのですよ。それは、まあ、ともかく」
クジュケはしかし、ドーラにも冷たい視線を向けた。
「お話の流れとして、ドーラさまは今ではもうドゥルブの仲間ではないと、そう仰りたいのですね?」
「おお、正にそうじゃ。それを今から言おうと思っておったのに、その小僧に邪魔をされたのさ。そうなった経緯を、話しても良いかの?」
クジュケは他の面々を見回し、皆の気持ちを代弁して答えた。
「一応、聞くだけはお聞きしましょう。但し、それを信じるか否かは、その内容次第です」
ドーラは軽く肩を竦め、話し始めた。
ふむ。
余計な情報を教えたくないという気持ちはわかるが、そう頑なにならんでも良いではないかえ?
わたしの方は知っていることを包み隠さず、洗い浚い喋るつもりぞえ。
まあ、そう言うたところで、信じてはもらえぬじゃろうが、これから話すことは正真正銘、全くの真実なのじゃ。
さて、ドゥルブから、古代神殿への襲撃が失敗したことと同時に、バルルが居なくなっていると聞いたわたしは、当然その理由を訊いたわさ。
ドゥルブは躊躇なく、救援艦隊がこの世界を丸ごと破壊すると知って逃げたのじゃと教えてくれたぞえ。
ああ、おぬしがそう信じたくない気持ちはわかるさ、三男坊。
どうせバルルは、救援艦隊を止めに行くとでも、弁解したのじゃろう?
ふん。
そんなこと、体のいい言い逃れさね。
考えてもみよ。
艦隊の説得に失敗したとて、死ぬのはわたしらで、バルルは無事に仲間たちと帰れるのじゃぞ。
まあ、涙一つ零すこともあるまいしのう。
抑々血も涙もない連中じゃからな。
いやいや、悪口ではないぞ、ウルスラ。
事実を言うたまでさね。
その意味では勿論、ドゥルブも同じことが言えるがのう。
いや、それどころか、両方を知る者として思うのじゃが、バルルとドゥルブは実に良く似ておるぞえ。
そう怖い目で睨むな三男坊。
わたしは善悪を言っておらぬ。
その存在の仕方や、高度な文明の利器など、共通点を挙げれば際限がないくらいじゃ。
うむ。
わかっておるさ、獣人。
ドゥルブは違う世界から来たというのじゃろう?
それが事実だとしても、そんなに大きく違ってはおらぬのではないか?
いや、寧ろ、双子のような世界じゃと思う。
人間のように智慧のある生き物が、一方ではバルルのように進展し、もう一方ではドゥルブのように変化しただけ、ではあるまいかのう?
そうブーブー文句を言うな、小僧。
話が横道に逸れたのは自分でもわかっておるわさ。
ともかく、ハッキリしておるのは、バルルにせよドゥルブにせよ、人間の生命など何とも思っていない、ということじゃ。
少なくとも、自分らよりもずっと下に見ておるのさ。
それに気づき、さすがのわたしも目が醒めたのじゃ。
確かに、この世界を支配したいとは思うが、人間が全て滅んだ世界に、何の価値があろう。
バルルやドゥルブにいいようにされてたまるものかと、怒りが込み上げた。
しかし、わたし一人の力では如何ともし難い。
そこで、一計を案じたのじゃ。
この世界をバルルの艦隊から護る方法は一つしかない。
それは、聖剣でドゥルブを中和し、かれらにとって無害な存在にすることさね。
しかし、獣人にせよ、わたしにせよ、聖剣を持ってドゥルブに近づいたら、かれらはきっとこの世界を道連れにするぞ。
違うさ、ウルスラ。
腐死者が根絶されたことは、わたしも聞いておる。
そのような面倒なことをせずとも、北の大海に突き刺さっているあの巨大な宙船を爆発させればよいのじゃ。
ほう。
獣人の顔色が変わったな。
図星じゃろう?
いや、詳しい説明などせずともよい。
どうせ聞いてもわからぬわい。
が、要は、ドゥルブに自棄を起こさせたら、救援艦隊が何かする前にわたしらは全滅する、ということじゃな?
ああ、それがわかれば充分ぞえ。
ともかく、それを防ぐには、ドゥルブを騙さねばならぬ、とわたしは考えた。
そこで、わたしはドゥルブに提案したのじゃ。
蛻の殻となった古代神殿を支配し、待っておれと。
その間に、わたしが聖剣か、または獣人の身体を手に入れ、古代神殿ごと北の大海へ運んで宙船と合体させてやれば、まんまとこの世界の外へ逃げられるだろう、とな。
ウルスラよ、心配せずとも、これは嘘じゃ。
反間苦肉の策ぞえ。
例えば、わたしが聖剣で古代神殿を運んだとしても、合体する間を与えず、その場で中和するわさ。
或いは、獣人に古代神殿を上空に運ばせ、その間にわたしが中和する、という方が成功の確率は高いかもしれぬ。
ともかく、いずれにせよ、わたしが聖剣を手にすることが重要となる。
この世界を救うため、決断しておくれでないか、ウルスラよ。
おまえが獣人に命ずれば、獣人は逆らわぬはず。
さあ、今すぐ決めよ!




