1422 ハルマゲドン(78)
バロード連合王国の王都バロンにある双王宮では、密談用の小会議室に首脳陣が集まり、最重要課題が話し合われていた。
長方形のテーブルの正面にウルスラ女王、左側に統領クジュケと秘書官のラミアンが並び、右側に参謀総長ゾイア、ウルスラと向かい合うようにゲルヌ皇子が座っている。
いや、実はゾイアの隣にもう一人いた。
タロスの姿をしたアルゴドラスである。
当然のことながら、アルゴドラスを参加させるかどうかで一悶着あったのだが、ウルスラが猛反対するクジュケを説得し、発言権のない立会人ということで、漸く出席が認められた。
会議の冒頭、ゲルヌが古代神殿から魔道神が居なくなった事情を、沈痛な面持ちで説明した。
「……ということで、このままでは敵も味方もなく、この世界ごと破壊されてしまうだろう。残された方法は、白魔を完全に中和し、そのことをバルルから救援艦隊に伝えてもらい、攻撃を思い留まってもらうしかない」
真っ先にゾイアが「ならば、われに任せてくれ」と立ち上がった。
「われが夢の中へ引き籠っている間、随分皆に迷惑を掛けた。幸い、完全に復活し、能力も以前どおりだ。早速聖剣を携えて北の大海へ飛び、ドゥルブの息の根を止めて来よう」
その場から飛び立ちそうな勢いのゾイアを、ウルスラが窘めた。
「駄目よ、ゾイア。あの緑色の極光は、あなたの身体の機能を狂わせるそうよ。そうなったらわたしたちは、あなたも聖剣も両方失ってしまうのよ」
ゾイアが「しかし、他に方法が」と言いかけた時、「発言してもよいか」という声がした。
横に居るアルゴドラスである。
クジュケが顔を顰めて何か言おうとしたが、その前にウルスラが「どうぞ、お祖父さま」と促した。
アルゴドラスは当然のように続けた。
「一つだけ方法がある。聖剣を余に、ああ、いや、今はわれらの肉体を独り占めしている妹アルゴドーラに渡し、ドゥルブを中和させるのだ。あのオーロラは、生身の人間には無害なのだろう?」
その質問には、ゾイアの喉から出る抑揚のない声が答えた。
「……多少、健康上の害はあります」
アルゴドラスは鼻で嗤った。
「それくらいの覚悟はあるさ。極論すれば、中和さえできれば死んでもよいのだ、あんな薄情な妹など」
「お待ちください」
発言したのはクジュケではなく、その隣のラミアンであった。
「それは危険過ぎます。現在も魔女ドーラはドゥルブと同盟関係にあります。聖剣を渡せば、その剣先はぼくらの方に向けられると思いますよ」
アルゴドラスは「黙れ、小僧!」と怒鳴った。
「おまえ如きひよっこに、高貴なる者の義務がわかるものか!」
「わかりますとも。少なくともあなたより」
ラミアンの言い方は反抗的なものではなく、本当にそう思っているようだ。
睨み合う二人の間に、クジュケが「まあまあ」と割って入った。
激しい頭痛がするかのように額を揉みながら、クジュケが今度こそキチンと発言しようとした時、扉の外から「ちょっとええだか?」というシャンロウの声がした。
クジュケは苛立って「後になさい!」と叱ったが、シャンロウは構わず話した。
「すまねえけんど、どうしても女王さまに会わせろと、ヨボヨボのお婆さんが来てるだあよ。追い返そうとしたども、自分の孫に会いたいだけだと言い張って聞かねえずら」
室内にいる皆がハッと顔を見合わせる中、ウルスラが「お通しして」と告げた。
やがて、シャンロウに連れられて、腰の曲がった老婆が入って来た。
艶のない髪は疎らで地肌が透けて見えており、顔も干し固めたように皺だらけであった。
しかし、よく見ればその瞳は限りなく灰色に近い薄いブルーで、面差しもどこかウルスラに似ている。
ドーラであった。
ドーラは足元が覚束ないようで、シャンロウの服の裾を掴んで不安定に歩いている。
ウルスラが「椅子を用意して」とラミアンに頼むと、「え? ぼくがですか?」と聞き返したが、横からクジュケに小突かれて立ち上がり、予備の椅子をドーラの横に置いた。
シャンロウが「さあ、座るだよ」と促し、手を添えて椅子に掛けさせた。
ドーラは荒い息をしており、それが静まるのを皆が待つ形となった。
「……み、水をおくれ」
今度は言われる前にラミアンが席を立ち、部屋に置いてあった水差しから陶器のカップに少量注ぎ、ドーラに渡した。
それを震える手で持ち、少し溢しながらドーラが飲んだところで、ずっとその様子を見ていたアルゴドラスが唇を歪めて皮肉を言った。
「下手な小芝居は止めておけ、アルゴドーラ」
激昂するかと思われたドーラは、しかし、静かに応えた。
「芝居などではないわえ。油断しておったら、理気力をドゥルブに吸い取られてこの有り様さね。若返りの魔道が使えぬ故、本来の姿を見せるしかないのじゃ」
ウルスラは早くも目を潤ませて「お可哀想に」と同情したが、クジュケがピシリと警告した。
「信用してはなりませんよ、女王陛下。今までドーラさまには、散々騙されましたからね」
「でも、このご様子は只事ではないと思うわ」
更に反論しようとするクジュケを、ドーラは痩せ細った手を挙げて遮った。
「まあ、聞いてくりゃれ。このままでは、世界は滅びてしまうぞえ」




