1420 ハルマゲドン(76)
古代神殿に警報が鳴り響く中、本殿の扉は完全に破壊された。
上半身だけの機械兵を前向きに抱え、頭のないもう一体に背後から首を絞められながら、ジョレはヨロヨロとその中に入って行った。
普段穏やかな橙色に照らされている内部は、真っ赤な光が明滅している。
その伽藍とした床の中央に、人型のものがポツンと立っていた。
ズングリした胴体に短い手足が付いており、頭部は全体を透明な頭巾のようなものに覆われ、歯車や硝子玉が透けて見える。
と、上半身のゴーレムが声を出した。
「ほう、小型自律機械だな。半ば壊れているようだが、記憶は残っていよう。近づいてくれ」
ゴーレムの喋り方が先程より滑らかになった理由は、後頭部しか見えないジョレにはわからなかったが、白い平面の顔に変わっていたからである。
尤も、ジョレは既に抵抗する気力もないのか、まるで仲間のように黙って言いなりになっていた。
一方、壊れた機械人形の方は人の接近を感知したらしく、先が鋏のようになっている両手を伸ばしてバタバタと上下に振った。
「……警告! 警告! 侵入者は直ちに退去せよ! 命令に従わない場合には、攻撃する!」
鋏のような両手の間にバチバチと火花が散ったが、白い平面の切れ目のような口は嗤うように口角が上がった。
「電撃か。しかし、何ともささやかな電圧だな。脅しにもならぬ。武器を使うまでもあるまい」
上半身だけのゴーレムは片手の指を一本、前に突き出した。
その指の先は、爪の代わりに金属の器具が付いている。
ボフッというような音と共に指が飛び、火花を散らす相手の手をすり抜け、口に当たる部分にある小さな鉄格子の隙間に刺さった。
良く見れば、その指とゴーレムの手の間は細い線で繋がっている。
「乗っ取りを開始する」
ゴーレムが宣言した直後、火花が止まり、鋏のような両手がダラリと下がった。
「ふむ。依拠装置は奥の院か。ならば、案内してもらおう」
ゴーレムの指が抜き取られると、機械人形の手が元の位置に戻り、ガラス玉がチカチカと明滅した。
「……畏まりました、ご主人さま。こちらへどうぞ」
その場で向きを変えると、機械人形は本殿の奥に向かって歩き出した。
すると、何もなかった前方の壁が左右に開き、短い通路が見えた。
「さあ、あの後をついて行くのだ」
歩き出しながらも、ジョレは怯えたように尋ねた。
「信用していいのか?」
含み笑いと共に返事があった。
「勿論だとも。相手は機械だからな。自分で善悪の判断はできない。いいも悪いも命令次第だ。裏切ってばかりいる人間より余程信用できるよ。おっと、失礼」
強烈な皮肉であったが、ジョレはそれどころではなく、上の空で「そうかもしれんな」と応えていた。
ジョレの目は飛び出しそうに見開かれ、通路の奥に広がる光景に魅了されていたのである。
機械人形が歩いて行く先には、見たこともないような金属の構造物が並んでおり、その各々が色鮮やかな光を明滅させていた。
すっかりゴーレムの支配下になったらしい機械人形は、首だけ回転させてこちらを向くと、「……どうぞ中へ」と促した。
茫然と立ち止まっていたジョレも、自分が機械人形になったかのようにぎこちない足取りで中に入って行った。
上半身のゴーレムは、いや、それを媒体にしている白魔は、頻りに周囲を見回して何かを探しているようだった。
「ふむ。どこかに制御盤があるはずだが。おお、あれだな。あの緑色の光が渦を巻いている端末の前に行ってくれ」
「え? ああ、あれか。わかった」
ジョレがその機械の前に行くと、ゴーレムの指が忙しく動いた。
「これでいいだろう。では、情報転送しよう」
再び指先から金具を出すと、機械の穴に差し込んだ。
その刹那、鳴り続けていた警報が止まり、本殿を照らす真っ赤な光の明滅は、冷たく青白い明かりに変わった。
と、ジョレが抱えていたゴーレムから力が抜け、グッタリと動かなくなり、首に腕を廻していたもう一体も崩れるように倒れた。
「え? どうなってるんだ?」
訝るジョレの傍に、スッと白い影が現れた。
「良くやった。おまえのお蔭で、一万数千年来のわれらの夢が叶いそうだ。名誉市民にしてやりたいところだが、まあ、さすがにそれは無理だから、専属の下僕にしてやろう。喜べ」
「あ、いや、わたしは、遠慮します。た、救けて!」
後退るジョレに吸い込まれるように、白い影が重なった。
怯え切っていた表情は自信に満ち溢れたものに変わり、背筋もピンと伸びている。
「ふむ。悪くない。後は、あの魔女が首尾よく時空干渉機か有翼獣人を手に入れ、この船橋を母船まで運んでくれれば、最早怖れるものなどない。この宇宙は、われらのものだ!」
ジョレと合体した白魔は、声を上げて哄笑した。
その時、本殿の外が騒がしくなった。
異変に気づいた赤目族たちが集まって来ているようだ。
ドゥルブはジョレの顔で北叟笑んだ。
「やれやれ。面倒だが血祭りにしてやるか」
倒れているゴーレムの口に手を突っ込むと、金属の筒を引き抜いた。
筒の端には握りの部分が付いている。
それを握ると、ドゥルブに支配されたジョレは、笑顔で本殿から出て行った。




