1419 ハルマゲドン(75)
赤目族に取り囲まれて吊るし上げられていたジョレは、一発の轟音によって解放された。
が、その轟音は上半身だけになった機械兵の口から出ている金属の筒から撃ち出された玉の発射音であり、赤目族の一人を斃した後、その照準はジョレを狙っていたのである。
ジョレは手に灼熱剣を握ったままであったが、敵が全滅したという安堵感と、味方である赤目族を傷つけないために、支える程度の握力しか掛けておらず、刀身はすっかり冷えている。
今から握力を加えても、白熱させる前に撃たれるだけであり、ジョレは寧ろ、どうやって逃げようかと考えていた。
と、別の方向から、ズリッ、ズリッという音が聞こえ、首を動かさぬまま横目で見ると、ジョレを狙っている上半身の片割れと思われる下半身が、不安定に揺れながら歩いて来ている。
いや、それだけではない。
他の個体の千切れた腕が指先で動いていたり、脚の部分だけが蛇のようにくねって進んで来ていたり、バラバラにされたゴーレムたちが一斉に蠢き出したのだ。
「じょ、冗談じゃないよ。こいつらみんな生きてるのか? ああ、いや、元々生き物じゃないか。んなこと感心してる場合じゃないな。どうしよう、このまんまじゃ殺られるぞ」
ジョレはダラダラと汗を流しながら、慎重に周囲を見回した。
幸い頭部が満足な形で残っているのは、金属の筒をこちらに向けている一体だけのようで、しかも、上半身だけだから、最初の一発さえ躱せば逃げられそうだ。
「それには剣を投げつけるしかないな。伸るか反るかだが、やるしかない」
ジョレがゆっくり剣を振り上げようとした、その時。
相手の金属の筒がスーッと引っ込み、その口から抑揚のない声が発せられた。
「……まあ、待て。今更戦ったところで無意味だ。それより、取り引きをしないか?」
「はあ? 何を言ってるんだ! おまえのような化け物と話し合う必要などない。ってか、おまえ馬鹿だな。おまえが金属の玉を撃ち出せない今なら、勝機はこちらにある。覚悟し……痛ててっ!」
ジョレは思わず苦痛に呻いた。
剣を握っている方の手首を、後ろから強い力で掴まれたのだ。
恐る恐る振り返ると、頭部が融け崩れて無くなったゴーレムだった。
正面の上半身だけのゴーレムが言葉を続けた。
「……その個体はおまえに頭部を融解された者だ。われらに恨みの感情などはないが、直接危害を加えた相手には報復するよう設定されている。生命が惜しくば、大人しく言うことを聞け」
ジョレの山羊のような顎鬚が震えた。
「わ、わかった。抵抗はしない。ほれ、このとおり」
ジョレは唯一の武器であるヒートソードを自ら捨てた。
「……良い心掛けだ。では、手伝ってもらおう。この上半身を抱え上げ、この施設の中枢部分に運び入れてくれ。くれぐれも言って置くが、おかしな真似をすれば、おまえの後ろにいる個体に首の骨を折らせるぞ」
その言葉が終わらぬうちに、ジョレの手を掴んでいないほうの腕が首を絞めて来た。
「やめろ! 約束する! おまえたちの言うとおりにする!」
首を絞めていた腕の力が緩んだが、位置はそのままだった。
仕方なくジョレは、首のないゴーレムに背中から抱きつかれた体勢で、上半身だけのゴーレムを持ち上げようとした。
「……ああ、そうではない。後ろから抱えて前を向かせてくれ」
「こうか?」
「……うむ。それでいい。さあ、中に入ろう」
ゴーレムは、今はタンリンのような鍔広の帽子こそ被っていないものの、ちょうどジョレの目の前に後頭部が来るため、前方が良く見えない。
しかも、後ろの個体は頭が無いため方向感覚も無いらしく、ジョレの動きに少し遅れてついて来る。
「これじゃ歩き難いな。あ、いや、いいんだ。任せてくれ」
ジョレは前後をゴーレムに挟まれたまま、本殿へ向かう門を潜った。
その途端、古代神殿に警報が鳴り響いた。
……敵性の機械兵士が聖域内に侵入!
……総員、迎撃態勢をとれ!
……内部への侵入を喰い止めよ!
……繰り返す! 敵性の……
しかし、赤目族たちはどこへ逃げたのか、姿を見せる気配もない。
一縷の希望も絶たれ、ジョレは溜め息を吐くと、警報が鳴り続ける中、ゴーレムの上半身を持ったまま本殿の前に立った。
が、巨人が通れそうな両開きの扉は、当然閉まっている。
「どうしよう?」
「……ふむ。少し離れてくれ」
「わかった」
ジョレが十歩ほど後退すると、上半身のゴーレムが両肘を突き出した。
「あ、待て、近過ぎるよ!」
ジョレの警告を無視し、太い火箭がバシュッ、バシュッと発射され、直後、近くに落雷したかのような爆発音が響いた。
「くうっ。耳がどうにかなりそうだぞ!」
「……文句を言うな。ちゃんと扉は開いただろう?」
ゴーレムの言うとおり、両開きの扉は完全に破壊され、本殿の内部が丸見えになっている。
いつもは和かな橙色の光に照らされている内部は、今は真っ赤な光が明滅していた。
「ちょっと、おっかないな」
震えるジョレの首を、後ろのゴーレムが絞めて来た。
「わかってる! わかってる! 行くよ!」
前のゴーレムも笑いを含んだ声で告げた。
「……心配するな。擲弾はまだ二発残っている。まあ、施設ごと破壊するほどの威力はないが、なるべく使わずに済ませたい。できれば無傷で手に入れたいからな」
最後の言葉はジョレには聞こえないほど小さかった。
しかも、ジョレには見えなかったが、前のゴーレムの顔は、いつの間にか白い平面に変わっていたのである。




