1418 ハルマゲドン(74)
白魔からエイサの古代神殿襲撃失敗を知らされた魔女ドーラは激怒したが、同時に魔道神が不在であると告げられて驚愕した。
「古代神殿とバルルは一体ではないのか?」
ドーラの反問に、ドゥルブの白い平面の顔にある切れ目のような口が、不満そうに曲がった。
「われらに聞かれても困る。まあ、われらの在り様からすれば、知性体の依拠装置は別に何でもよいのだが、当然その性能によって制約を受ける。所謂古代神殿は元々宇宙船の船橋、即ち中心機構だから最高級品であったはず。恐らく予備の方へ移ったのだろうが、それでは十全に機能できはすまい。おまえとて、魔道が使えぬ肉体に居る時は不便を感じたろう?」
ドーラも、戦いの最前線であることは暫し忘れ、話の内容に引き込まれた。
「成程のう。さすれば、バルルにとって居心地の良い殻を脱ぎ捨てねばならぬほどの非常事態が起きた、ということじゃな?」
切れ目の口が笑った。
「さすがに察しが早いな。推測だが、救援艦隊が強硬策を採ることを決定したのだろうさ」
「強硬策?」
「ああ。われらがこの惑星の全住民を人質に取ることを見越し、人質ごと抹殺するつもりなのだ。だから、『惑星開発委員会』、おまえたちの云うバルルはその前に逃げたのさ」
「な、何じゃと!」
切れ目の口は、猶も笑っている。
「そう驚くことでもあるまい。逃げることは恥ではない。この未開な惑星の住民と、かれら自身を天秤に掛ければ、それ以外の選択肢はないさ。数万年を生きるわれらのような存在にとって、百年程度の寿命の生き物など、おまえたちにとっての蜉蝣のようなものだ。われらも少々見込みが甘かったようだ。『惑星開発委員会』もその統括者たる宇宙艦隊も、われらよりは倫理性の高い存在かと思っていたが、何のことはない、われらと同じ水準であったようだ。これが笑われずにいられるか?」
さすがにドーラも嫌な顔をした。
「笑い事ではないわさ。こうなったら、こんなところでチマチマ戦争などしておる場合ではないぞえ。わたしたちも逃げるのじゃ」
「ふん。どうやって逃げるつもりだ? 『委員会』の慌てぶりを見ても、今にも艦隊の攻撃が始まるかもしれん。そうなれば、この惑星のどこに居ても同じことだ。魔道では宇宙まで行けぬぞ」
「阿呆! 知性体などと威張りおって、少しは考えよ! バルルが居なくなった古代神殿は、高性能だとおぬしが今言うたではないか! 主がいない今こそ、これを奪う好機じゃ!」
切れ目の口が不満そうに尖った。
「たとえ奪えても、北の大海まで運ぶ方法がないぞ」
「それは追い追い考えるわい。ともかく、おぬしが今サンテにしておるようにして、古代神殿を支配せよ。それはできよう?」
「ふむ。確かにな。壊れかけの機械兵に、通信用端末の接続を試みさせよう。今なら相手も油断しているはずだ」
その時、ドーラの顔がパッと輝いた。
「おお、良いことを思いついたぞ! わたしはここからバロードへ飛び、聖剣かゾイアの身体か、或いはその両方を手に入れ、おぬしの支配下になった古代神殿を北の大海へ運ぶとしよう。なあに、今聞いた話に色をつけ、ウルスラかゾイアかを騙せばいいのじゃ。赤子の手を捻るようなものぞえ」
ドゥルブの口が皮肉そうに歪んだ。
「それに失敗して戻って来たくせに」
「煩いわ! 心配せずとも、事情が変わったのじゃ。バルルが居なくなったことは事実じゃからのう。それを梃子に、何とか話を組み立てるのさ。まあ、任せておけ」
「それならそれでも良いが、ここはどうする? おまえが放り出せば、すぐにでも戦線は瓦解するぞ」
ドーラは鼻で笑った。
「知らんわい、と言いたいところじゃが、逆に、バロードの動きを封じるためにも、戦線を維持した方が良いじゃろう。だから、もう一度こうするのさ」
ドーラがフッと息を吐くと、モヤモヤした色の付いた霧のようになり、それが纏まるとドーラそっくりの姿になった。
更に指先でドゥルブの方へ弾くような仕種をすると、ドーラの幻影はスーッと横に動き、ドゥルブの傀儡となっているサンテの身体を包み込んだ。
偽のドーラは器用に肩を竦めて見せた。
「どうせもう勝てぬぞ」
「勝てなくとも一向に構わぬ。要は、時間稼ぎじゃ。最悪、サンテが死んだとて、おぬしらは困らぬのじゃろう?」
「まあな。ならば、できるだけ派手に暴れてやるか」
「おお、そうしてくりゃれ。その間に、聖剣かゾイアかを何とかする故、古代神殿の方を頼むぞえ」
「もう始めているさ。いいえ、始めておるぞえ」
二人のドーラは顔を見合わせて笑った。
その頃エイサの古代神殿では、ゲルヌ皇子から後を託されたジョレが苦境に陥っていた。
本殿の門の前で、赤目族に取り囲まれているのだ。
「なあ、みんな冷静になってくれ。敵の攻撃からおまえたちを護れたのは、バルルがくれたこの剣のお蔭なんだ。決しておまえたちを見捨てたんじゃない」
大汗をかいて弁明しても、赤目族はジリジリと迫って来ている。
と、そのうちの一人が、一歩前に出て手を差し出した。
「バルルのくれた武器ならば、われわれのものだ。こちらに渡してもらおう」
「いや、駄目だ。この剣の扱いは難しいんだ。素人じゃ、怪我、いや、火傷するぞ」
「われわれは素人ではない。おまえ以上の専門家だ」
ジョレは相手の赤い目が据わっているのを見て、震えながら後退った
「まあ、落ち着け。もうすぐゲルヌ殿下が戻って来られる」
「み使いはもう信用ならない。所詮はゲール帝の息子。われわれの指導者では」
相手の言葉はダーンという轟音に搔き消され、その額に開いた穴から血が噴き出した。
その男が倒れるのと同時に赤目族は散り散りに逃げ、その背後にあるものが見えた。
それは、ゲルヌにヒートソードで斬られ、上半身だけになった機械兵であった。
ジョレも逃げたかったのだが、足が竦んで動けない。
ゴーレムの口から金属の筒が出ており、その照準が、ピタリとジョレを狙っていたからである。




