1415 ハルマゲドン(71)
機械兵たちの攻撃を受け、古代神殿の自動防御機構は巨大な半球状の防護殻を張り巡らせたが、その効果も徐々に弱まりつつあった。
抑揚のない声が救援を求める言葉を繰り返していたが、不意にその内容が変わった。
「……み使いの接近を感知。零コンマ零零三秒のみシールドを解除する……」
と、古代神殿の上にポッと光る点が現れ、ジョレを負ぶったゲルヌが降りて来た。
が、既に正気を失っている赤目族はそれに気づかず、右往左往するばかり。
ゲルヌは嘆息した。
「理性とは、これほど脆いものなのか。いや、今はそのような感慨に耽っている場合ではないな」
ゲルヌは軽く頭を振り、連れに向き直った。
「ジョレ、頼みがある」
「はっ、何なりと!」
「わたしは本殿の中を調べる。赤目族の者たちが入って来ぬよう、見張っていてくれ」
「畏まりました!」
勢い込むジョレを見て、ゲルヌは釘を刺した。
「決して暴力を振るってはならぬぞ」
ジョレは苦笑した。
「勿論でございます。それに、雑役夫は剣を持つことを許されておりませぬ故、わたしは丸腰でござりまするよ」
「ならば、良い。頼んだぞ」
「御意のままに」
調子良く応えるジョレを見て、ゲルヌは思わず独り言ちた。
「人間には、こういう強かさも必要だな」
「え? 何か仰いましたか?」
「いや、何でもない。行って来る」
「お気をつけて!」
本殿の中は、一種異様な静けさに包まれていた。
穏やかな橙色の光は変わらぬものの、誰もいない時でもずっと聞こえていた没個性的な雑音が全く聞こえない。
いや、誰もいない訳ではなかった。
子供が置き忘れた人形のように、床の中央に人間の形をしたものがポツンと立っていた。
ズングリした胴体に短い手足が付いており、頭部は全体を透明な頭巾のようなものに覆われ、歯車や硝子玉が透けて見える。
「これがゲルニアの言っていた、壊れた機械人形だな」
その声に反応したのか、歯車がカタカタと動き、ガラス玉が明滅した。
「……お帰りなさいませ、スーパーバイザー……」
声が出ているのは、口に当たる部分にある小さな鉄格子からである。
このような場合であったが、ゲルヌは苦笑した。
「呼び名などどうでもよいが、わたしが誰かを理解しているのなら教えてくれ。魔道神はどこへ行ったのだ?」
「……主人は、非位相者への対処方法につて、宇宙艦隊と直接交渉するため、予備機構と合体して宇宙へ出ました……」
「うーむ。わからぬ言葉だらけだが、要は救援艦隊とやらが来るのを待たず、逃げたということか?」
「……違います。艦隊の決定に異議を唱えるためです……」
「決定とは?」
「……艦隊は、宇宙全体の危険を回避するため、この惑星の破壊を決定しました……」
「馬鹿な! この世界の人間を白魔の道連れにするというのか!」
「……ストレンジャーの危険性は看過できません。大半は元の宇宙へ追い返しましたが、ここにいる残党を逃せば、また何億もの犠牲者を出すことになります。犠牲が避けられぬ以上、より少なくて済む方を選択するのが、合理的です……」
珍しくゲルヌは激昂した。
「冗談じゃない! 生命の尊さに、人数の多寡など関係あるか! おまえたちのやろうとしていることは、ドゥルブと同じだ!」
ゲルヌの額に赤い第三の目が現れ、眩く光った。
透けて見える歯車が忙しく動き、ガラス玉も激しく明滅したが、不意に動きが止まり、白い平面の顔に変わった。
が、平面は不安定に揺らいでおり、白さも薄くなったり濃くなったりしている。
その切れ目のような口から、途切れ途切れに音声が聞こえた。
「……すまなかった、ゲルヌ……おまえに説明をする余裕もなかったのだ……艦隊は既に光子魚雷の発射態勢に入っており、われらが直接行って止めるしかないと考え、すぐにバックアップに連絡を取って出発した……現在審議中だが、正直どうなるかわからない……われらの行動も、利敵行為ではないかと査問を受けている……願わくば、そちらで事態を収拾し、ストレンジャーを中和してもらえぬか? ……そうすれば、艦隊を説得できる……頼む、ゲルヌ……」
白い平面が消えると、動かない機械人形だけが残された。
ゲルヌは怒りと絶望に打ち拉がれそうな自分を鼓舞するように叫んだ。
「いいとも! この世界はわれわれが護る! ドゥルブになど負けぬ!」
その叫びに反応したのか、機械人形が再び喋り始めた。
「……防護殻三十四パーセントに低下。間もなく消滅します……」
「くそっ! 八方塞がりか! ともかく、侵入して来ている敵を倒してここから脱出し、ゾイアに現状を知らさねば。何か武器になるようなものはないのか?」
周囲を見回したが、伽藍とした本殿内には、何もあろうはずがない。
と、機械人形の胴体に亀裂が入り、左右に開いた。
「……武器ならございます。旧式の灼熱剣ですが、侵入して来ている機械兵士には有効です。お使いになりますか? ……」
胴体の空洞部分に、剣の柄のようなものが二本見えている。
ゲルヌは、その一本を引き抜いてみた。
「な、何だこれは?」
それは、真っ黒な剣であった。
しかも、見たところ鋭利な刃がなく、何も斬れそうにない。
「……柄を強く握ってください……」
「こうか?」
すると、黒い剣が鈍く赤く光った。
「……もっと強く……」
「うむ」
刀身の部分が真っ赤になった。
「……最大数千度まで温度が上がりますので、お取扱いにご注意ください。シールドが十二パーセントに低下しました。お急ぎください……」
「わかった。もう一本は、連れに渡そう。何としても、敵を倒すぞ!」




