1414 ハルマゲドン(70)
熟眠したゲルニアを抱き上げ、ゲルヌはその場から霊癒族の隠れ里近くまで一気に跳躍した。
砂の嵐に向かって額の第三の目を光らせると、チカチカと光の応答があり、誘導されるままに内部に入った。
施療院に到着すると、隻腕となったザネンコフが迎えに出ていた。
「エイサの事務官からコウモリ便で知らせを受けました。ともかく、ゲルニアどのを中へ」
「すまぬ」
病室に運び入れると、意外な人物が待っていた。
「ぼくが面倒をみるよ」
そう言って笑っているのは、次兄のゲルカッツェであった。
皇帝であった頃より、随分スッキリした体形になっている。
ゲルヌはぎこちなく笑顔を作り、「お願いします、兄上」と頼み、表情を改めて尋ねた。
「お子の世話は良いのですか?」
ゲルカッツェは含羞んだように頬を赤らめた。
「レンブランは今、おっぱいの時間なんだ。終わったら、今別の患者さんを診てるエマさまと交替するよ」
「そうですか。では、何卒よろしくお願いします」
「うん。任せて」
病室を出ると、ザネンコフが苦笑して待っていた。
「わしがやりますと言ったのですが、どうしても自分にやらせて欲しいと申されまして」
「そうか。兄なりの償いなのだろう。それよりちょうど良かった。相談に乗ってくれぬか?」
ザネンコフも好々爺とした表情から、武将の顔に戻った。
「はっ。わしのような老いぼれでよろしければ、何なりと」
「頼む」
「では、別室へ参りましょう」
二人は、近くの使っていない病室に入った。
ゲルヌがざっとあらましを説明すると、ザネンコフは「うーん」と呻くような声を上げた。
「魔道神のことはわしなどの理解の外ですが、本当に白魔の攻撃があるとすれば由々しきこと。一般の市民にも被害が及びましょう」
「そうなのだ。前回ドーラ軍の奇襲を受けた時には、市民を地下神殿に匿ってもらったのだが、そこが最早安全な場所ではなくなったからな」
「しかし、ドゥルブの戦力となっている腐死者は撃退されたのでしょう? ならば、そう大した兵力はないのでは?」
「わからぬ。が、機械の兵士がいると、以前ウルスから聞いた覚えがある。来るとすれば、そやつらだろう」
「ふむ。人間ではないのですね? それに、予言は地下の神殿が破壊されるというもので、エイサのことには触れられていない。と、すると……」
「おお、そうか! 地下から来るのだな! 確かに、結界も『重さの壁』も地上部分しか掩蔽していない。うーむ、こうしてはおれぬ。ありがとう、ザネンコフ。おまえに相談して良かった」
すぐにでも戻ろうとするゲルヌに、ザネンコフは「お待ちくだされ」と言い難そうに声を掛けた。
「本来ならわしがお供すべきだが、この身体では却って足手纏い。よろしければ、あの男を」
と、病室の外から声がした。
「わたしを連れて行ってください、殿下!」
そう言いながら入って来たのは、ジョレであった。
反覆常ならぬ戦乱の世とはいえ、これほど敵味方を行き来した男も珍しいだろう。
遂に行き場を失くし、この隠れ里で雑役夫として働いている。
その特徴的な山羊のような顎鬚を震わせ、「お願いします、お願いします」と繰り返した。
ゲルヌは大きく息を吐き、「よかろう」と応えた。
「但し、生命の保証はできぬ。それでも良いのか?」
「勿論でございます!」
「ならば、参るぞ!」
「御意!」
一方、ゲルヌがゲルニアを連れ去った古代神殿では、赤目族が騒いでいた。
「もう何も信じられぬ!」
「バルルはわれらを見捨て、第一発言者は頼りない子供、み使いもまた信用ならん!」
「われらの何千年にも亘る献身の結果残されたのは、陽の光に耐えられぬこの身体だけだ!」
「ああ、もう何もかも嫌だ!」
「われらの未来は暗黒だ!」
「こんな神殿など、壊してしまえ!」
「そうだそうだ!」
暴徒と化した赤目族が、手に手に石や棒を持って本殿へ押しかけようとした、正にその時。
古代神殿のある地下の巨大円筒の壁に、ボコッ、ボコッと孔が開いた。
そこから次々に不吉な黒い鳥のような姿が現れ、古代神殿の上を旋回し始めた。
それを見上げる赤目族たちは、忽ち恐慌状態となった。
「来たぞ、ドゥルブの眷属が!」
「ああ、殺される! みんな殺される!」
「天罰だ!」
「審判の日だ!」
「おお、どうか、バルルよ、哀れな僕をお救いください!」
「馬鹿な! われらを見捨てた神に祈って何になる! 戦うのだ!」
「いや、敵とは限らぬぞ。もしかすると、ずっとわれらは騙されていたのかもしれぬ。ドゥルブこそ、真の救いの神ではあるまいか?」
しかし、最後の意見が間違っていることは、すぐに証明された。
東方魔道師の、いや、正確に云えばタンリンの姿を模した機械兵たちは、口から金属の筒を突き出すと、赤目族に向かって一斉に射撃を始めたのである。
赤目族たちは悲鳴を上げて逃げ惑ったが、よく見れば、撃ち出された金属の玉は悉く空中で弾き返されており、どうやら古代神殿を覆う透明な半球状の防護殻があるようだ。
ゴーレムたちもそれに気づき、肘や膝から太い火箭のようなものを発射し始めた。
その武器は弧を描いてシールドにぶつかると、激しい音と光を放って爆発した。
と、本殿の中から抑揚のない声が微かに聞こえた。
「……自動防御機構にて応戦中なるも、シールドは七十三パーセントにダウン。至急、救援を乞う。繰り返す。自動防御……」




