1413 ハルマゲドン(69)
同じ日の朝。
ウルス王の必死の活躍によって腐死者の渡河が喰い止められ、更にゾイアが元の姿で帰還したとの連絡を受け、ゲルヌ皇子は一旦エイサに戻ることにした。
「申し訳ないが、赤目族の動向がまだ不安なのでな」
エオス大公国を出発する際、そう弁解するゲルヌを、珍しくウルスラ女王が慰めた。
「こちらは大丈夫だから気にしないで。ウルスは疲れて眠っているけど、ゾイアが元に戻ったからもう安心。スカンポ河流域にンザビが残っていないか確認でき次第、四万五千の軍勢を呼び戻しに行ってくれるそうよ」
「そうか。タロスどのも元に戻れるといいな。では、皆によろしく伝えてくれ」
「気をつけてね。魔道神に何かあったらこの世界は終わりだから、あなたの役目も重大よ」
「そうだな。まあ、もう暴動が起きることはあるまいが、赤目族の不安を払拭できるよう、きちんと情報を開示するつもりだ」
「お願いするわ。わたしたちの子孫のために」
そう言いながら差し出されたウルスラの手を、戸惑いながらもゲルヌは確りと握った。
「ああ。子孫の未来のために」
エイサに戻ったゲルヌは、先に地上部分の『神聖ガルマニア帝国』の滞っている行政業務を処理した。
その際、事務方の部下に、国名変更の準備を始めるように指示した。
部下は困惑の表情で応えた。
「わたしたちは構いませぬが、ツァラト将軍を始めとする旧帝国軍の皆さまが、きっと反対なさいますよ」
「わかっている。だからこそ変更の必要があるのだ。この国の将来のためにな」
「はあ」
不得要領な部下に苦笑しながら、「後は任せる」と告げ、ゲルヌは地下へ向かった。
地下の古代神殿は、何故か騒然としていた。
「変だな。ゲルニアから何も知らせはなかったが」
訝りながら本殿に向かうと、その門前にゲルニアが十字架に掛けられ、ぐったりしているのが見えた。
「そんな!」
ゲルヌが急降下して近づくと、周囲からゲルニアに向かって石が飛んで来た。
「よさぬか!」
ゲルヌの額の第三の目が赤く光り、同時に掌から波動を出して石を落とした。
石を投げた者たちは慌てて逃げて行ったが、皆ゲルヌの方を見ようともしなかった。
ゲルニアの傍に行くと、身体全体から血が滲んでいる。
「いったいどうしたというのだ?」
つい詰問するような口調になってしまい、ゲルヌは「留守にしてすまなかったな」と詫びた。
ゲルニアは気丈に「いえ。わたくしの責任です」と応えたが、その直後、苦痛に耐えかねて呻いた。
ゲルヌは「待っておれ」と告げると、ゲルニアの手足の戒めを解き、そっと十字架から降ろしてやった。
「ザネンコフにちょっと習っただけだが、癒しをしてみる。少しでも痛みが和らぐといいのだが」
ぐったりしているゲルニアに手を翳すと、「あ、暖かいです」と反応があり、表情も穏やかになった。
手を翳し続けながらゲルヌがチラリと本殿の方を見ると、それに気づいたゲルニアが驚くべきことを告げた。
「魔道神はご不在です」
「何! どういうことだ! ああ、今はそのような場合ではないな。ともかく、おまえの治療に専念せねば」
「わたくしは大丈夫ですが、ここに留まるのは危険です。よろしければ、地上にお連れください」
ゲルヌは左右を見回した。
確かに武器らしきものを手に持った赤目族たちが、遠巻きにして二人を見ている。
「わかった。今は日中故、目を瞑っておれ」
「はい」
ゲルニアを連れて地上の執務室に跳躍したゲルヌは、念のため警備兵を近辺に配置した。
ゲルニアを奥の部屋の寝台に寝かせ、カーテンを全て閉め切った。
とても食欲はないだろうと、水を少し飲ませてみる。
それだけでも容体が落ち着き、顔色も僅かに良くなった。
カーテンが閉まっていてもやはり眩しいのか、ゲルニアは赤い目を細めて礼を述べた。
「ありがとうございます、殿下」
「無理に喋らずともよいぞ」
気遣うゲルヌに、ゲルニアはゆっくり首を振った。
「多少無理をしてでも、お伝えせねばなりません」
「ならば、要点だけでよい。何があったのだ?」
「今朝ほど新しい未来予測が出ました。非位相者の攻撃により、本日中に古代神殿が破壊される、というものです」
「うーむ。その可能性はなくはないが、ならばこそ、一致団結して戦うべきではないのか?」
「わたくしもそう思い、皆を説得した上で、本殿にバルルを訪ねたのです。しかし、呼び掛けに応答したのは壊れた機械人形で、バルルはいらっしゃらないということだけを、何度も何度も繰り返すだけでした。戻って皆にそれを伝えると、恐慌状態となり、誰が言い出したのか、わたくしを生贄にすればバルルが戻って来られるという噂が広まり、このような仕儀と相成りました」
「なんと愚かな! 論理を重んじる赤目族が、何故そんな馬鹿げた真似を! ああ、いや、おまえを責めているのではない。しかし、どうしてわたしに知らせなかったのだ?」
「殿下は東岸地区のンザビ対策で多忙と思い、精神接触を停止しておりました」
「そうか。すまなかった。今はとにかく、身体を休めてくれ。後の対応はわたしに任せよ」
「ありがとうございます……」
それだけ言うのが限度であったらしく、ゲルニアは気絶するように眠った。
それを見つめるゲルヌは、苦悶の表情で呟いた。
「いったい、どうすればよいのだ……」




