1412 ハルマゲドン(68)
眠れぬ一夜が明け、ガルマニア合州国にも同じ朝が来た。
敵に大規模な援軍が来るらしいとの噂は、いくら隠そうとしても、コロクス・ドーラ同盟軍の兵士たちにもジワジワと広まっていた。
勿論、ヤーマン側が意図的に情報を漏らしているのである。
そのため、夜明けとともに総攻撃を命じても士気は上がらず、一進一退のまま昼を迎えようとしていた。
「おえりゃあせんのう」
前線の本営で嘆くコロクスの傍らには、魔女ドーラの姿をしたサンテがいる。
幻影の効果が薄れて来たのか、時々ドーラの身体が透けてサンテ本人の輪郭が見える。
尤も、薄っすらと見える顔はサンテのものではなく、白い平面の白魔であった。
「今、スカンポ河西岸に居る機械兵より知らせがあった。こちらの支配下にある腐死者は、ほぼ壊滅した。どうやら、王か女王がケルビムの身体を使って、上空から抗病素薬を大量に散布したらしい」
コロクスの狒々のような顔が、怒りで真っ赤に染まった。
「阿呆! 自分らの失敗を自慢げに言うでにゃあ! そっちゃが片付いたら、バロード軍が全部こっちゃに来るでにゃあか!」
「それはない。対ンザビ戦で東岸地区の兵士は疲弊し切っている。また、無人偵察機からの映像では、こちらに向かっていた四万五千の大軍は、何故か急に途中で反転し、帰国の途に就いたようだ」
「おお、そりゃ有難ぇあことだぎゃ」
ホッとした様子のコロクスの頭上から、「少しも有難くないぞえ」という声がした。
「え?」
驚いて見上げるコロクスの目の前に、美熟女姿のドーラが降下して来た。
ドーラは不機嫌そのものの顔で、コロクスと自分の偽物を順に睨みつけた。
「その四万五千を率いておったのは、わたしじゃ。偶々タロスの身体に潜り込めたでの。まんまとタロスに成りすまし、バロードに残っていた全軍を引っ張り出したのさ。それもこれも、わたしの留守中に勝手に戦をおっ始めた馬鹿者どもに、多少は加勢してやらねばならんと思うたからぞえ」
ドーラの皮肉には、ドゥルブの方が応えた。
「開戦を決めたのはコロクスだ。われらとしては、座しておまえの自治州を潰される訳にも行かなかった。おまえとの約束があったからな」
ドーラは鼻を鳴らした。
「お為ごかしを言うでない! 泥棒猫のように、隙あらばガルマニアごと掠め盗るつもりであったくせに。が、まあ、百歩譲ったとして、やるならやるで勝てる戦をせぬか。倍の兵力で互角の勝負なら、やらぬ方がマシぞえ」
これにはコロクスが反撥した。
「よう言うわ。抑々は、おみゃあがオーネを唆したんじゃろがい。しかも、バロード軍が来にゃあと糠喜びしたのに、それが味方じゃったとはのう。いってえ、どげしたんじゃ?」
「ふん。ゾイアが復活して、邪魔しに来たのさ。タロスより、あやつの方が位は上じゃからのう」
「おお、なんちゅうこっちゃ! 獣人将軍まで出て来たんかや! ああ、わしゃこげな戦、しとうはなかったぎゃ。おみゃあが責任取ってちょうよ」
「何をぬかすか、このパピオめ!」
人間同士の醜い罪の擦り合いに、ドゥルブが割って入った。
「まあ、待て。内輪揉めをしている場合ではない。既に回帰不能点は過ぎているのだ。ここまで来たら、突き進んで勝利を掴むしかない。幸いドーラが戻ったのだから、指揮権は返そう。存分に戦ってくれ。われらも全力で支援する」
当然、ドーラは怒った。
「逃げる気か!」
「支援すると言っている。元々われらに、このような原始的な戦争に対する戦術や戦略などないのだ。コロクスにも言ったが、兵士全体の精神を統制し、『危険を顧みず、只管攻撃せよ』と命じただけだ。それは維持しよう。更に、上空からドローンで敵情を探らせ、それを逐一おまえに知らせる。また、間に合うかどうかわからぬが、修理が終わったゴーレムを順次こちらに向かわせてもいる」
今度はコロクスが「とても間に合わにゃあ!」と呻くように指摘した。
「向うにプシュケー教団の援軍が来るのが先だで。うーむ、こうなりゃ背に腹は代えられにゃあ。今からでもゲーリッヒやハリスを懐柔して、援軍を出させるしかにゃあで。ドーラ、行ってちょうよ」
ドーラが文句を言おうとした時、伝令役の東方魔道師が飛んで来た。
一瞬、ドーラが二人いることに戸惑ったようだが、過たず本物に向かって報告した。
「ガイ州のハリスが敵方に援軍を向かわせました。旧マオール軍を中心とした総勢二万が、ゲーリッヒのガルム州を通過しております」
聞いたドーラより、先にコロクスが「万事休すだぎゃ」とへたりこんだ。
が、ドーラは「ご苦労」と東方魔道師を労うと、ドゥルブの方に向き直った。
「ゴーレムは何台おる?」
「少なくとも十台以上と聞いている」
「ならば、目標を変更させよ」
「構わないが、とてもバロードを攻めるほどの力はないぞ」
「違うわさ」
「ほう、どこを攻める? ああ、そうか、聖地シンガリアだな」
「阿呆。あんなところを攻めても、逃げられるだけじゃ」
地べたに座ったままのコロクスは「どこを攻めても、もう終わりだがや」と吐息したが、ドーラはそちらを見もせずにドゥルブに告げた。
「目標は、中原の臍、エイサじゃ」




