1411 ハルマゲドン(67)
タロスの身体を乗っ取り、バロード軍四万五千をガルマニアへ向けて爆走させている魔女ドーラを止めるべく、クジュケは、老人の姿となったアルゴドラスを連れて行った。
が、対面するや否や、ドーラは剣を抜き、二人に斬りつけて来たのである。
耳が痛くなるような金属同士がぶつかる音が響いた。
反射的に目を瞑ってしまったクジュケが驚いて目を開くと、老人のアルゴドラスが護身用の短剣を抜き、ドーラの剣を弾いたのであった。
「老いたりとは云え、まだおぬしには負けぬ。タロス本人ならともかく、剣技は余に及ぶまい」
しかし、ドーラも嘲笑って言い返した。
「確かにの。あの剣豪将軍ザネンコフにも引けを取らぬ剣の技、感服いたしましたぞえ。が、体力が続きますかのう?」
言いざま、右から左から斬撃を加えて来たが、その悉くをアルゴドラスは見切り、ホンの少し身体を動かすだけで全て避けて見せた。
余裕の笑みすら浮かべているアルゴドラスに対し、攻めているドーラの方が息が上がって来た。
遂には、地面に転がっていた石を強かに打ってしまい、衝撃で手から剣を取り落としてしまった。
「くそがっ!」
口汚く罵ると、振り返って叫んだ。
「曲者じゃ! 射殺してしまえ!」
焦りで声が裏返り、とてもタロスの声には聞こえなかったが、見た目はタロスそのものであるため、騎射隊が駆け寄って来た。
しかし、ここぞとクジュケが魔道の拡声器で呼び掛けた。
「わたくしは、統領クジュケです! 今のタロス大臣は魔道を掛けられており、敵に操られているのです! かれの命令を聞く必要はありません! 全員、直ちに帰国なさい! 今バロードは空っぽですよ! あなたたち以外の、誰が国を護るのですか!」
本来、軍の統制はクジュケの職域外であり、これが通常なら越権行為となるが、タロスの暴走には皆戸惑っていたから、全軍が静まり返った。
だが、ドーラも負けじとタロスの声で叱咤した。
「騙されるな! 操られているのは、クジュケの方だ! その証拠に、傍にアルゴドラスがいるではないか! 諸君も知るように、アルゴドラスこそ、かつてバロードを蹂躙した蛮族の黒幕だぞ! この場で昔年の恨みを晴らし、一気にガルマニアへ向かうのだ!」
兵士というものは、基本的に直属の上司の命令に逆らわぬよう訓練される。
タロスの瞳の色が、限りなく灰色に近い薄いブルーに変わっていることは遠目にはわからぬため、一度は待機の態勢になっていた全軍が動き出し、その先頭の騎射隊も走り始めた。
アルゴドラスは舌打ちし、クジュケに小声で告げた。
「多勢に無勢だ。ここは一旦、逃げるしかあるまい」
「そ、そのようですね」
二人の会話を勝ち誇った顔で聞いていたドーラは、落としていた剣を拾い上げた。
「逃がさぬぞえ。跳躍する暇など与えぬわさ!」
また斬撃を加えようとドーラが剣を振り上げた、その時。
天上から猛獣のような咆哮が轟いた。
その場の全員が頭上を見上げると、翼のある巨大獣人形態のゾイアが空中浮遊していた。
と、顔の部分だけが人間形に戻り、その巨大な口から朗々とした音声が木霊した。
われは参謀総長ゾイアである!
皆に心配を掛けたが、こうして完全に復帰が叶った!
再び、全軍の指揮はわれが執る!
そこにいるわが盟友タロスどのは現在、魔女ドーラの傀儡となっているのだ!
決して惑わされてはならぬ!
アルゴドラスどのにも、クジュケどのにも、そして無論タロスどのにも危害を加えるな!
これより全軍反転し、バロードへ帰還せよ!
割れるような歓声が響き、全軍が踵を返して西へ方向を転じた。
その最中、剣を振り上げたままのタロスが突然倒れた。
慌ててそちらに駆け寄ろうとするクジュケの目の前で、老いさらばえたアルゴドラスの身体に変化が起きた。
皮膚が艶めき、身体の線が柔らかく豊満となり、疎らだった髪の毛がみるみる長く伸びたのである。
完全に女性の体形に変わると、クジュケを振り返り、ドーラの顔で嘲笑を浮かべて告げた。
「結局振り出しに戻ったが、これで自由に動けるぞえ。さらばじゃ!」
唖然とするクジュケが止める間もなくドーラがリープしたところで、タロスが呻き声を上げて起き上がった。
いや、瞳の色こそコバルトブルーに戻っていたが、タロスではなかった。
「……ううむ。またしても妹にしてやられたわい」
その言葉を聞いてクジュケが嘆息したところへ、徐々に縮小して身体を通常の人間形に戻しつつ、ゾイアが降下して来た。
着地し、持って来ていた服をサッと羽織ると、ゾイアは笑顔で二人に歩み寄った。
「先にツイムのところへ寄って、凡その事情は聞いた。とにもかくにもバロード軍を止めねばと思って飛んで来たのだ。が、全てが解決した訳ではなさそうだな?」
その問いかけにはクジュケではなく、アルゴドラスの方が答えた。
「すまぬが、こういう仕儀と相成った。本来の身体に戻るまで、タロスの肉体を借りるぞ。これはこれで悪くないな。存分に剣も振るえそうだ」
ゾイアは苦笑したが、クジュケは憮然として警告した。
「仕方ありませんが、軍の指揮権は持たせませんよ。いいですね?」
「無論だ。余は軍人ではなく、自由人だからな」
自分でもおかしかったのか、アルゴドラスは豪快に笑った。




