1410 ハルマゲドン(66)
タロスの身体を乗っ取ってバロード軍四万五千を率いているドーラを止めることに失敗したツイムに代わり、自分が再度止めに行くというクジュケに、老人の姿になったアルゴドラスが自分も行くと告げた。
クジュケは「いや、それは」と断ろうとして肩で大きく息を吐き、思い直して「いいでしょう」と応えた。
「但し、少しでもおかしな素振りをなさったら、緩衝地帯のど真ん中に放置します。よろしいですね?」
すっかり酔いが醒めた様子のアルゴドラスは、鼻で笑った。
「そう警戒せずとも、こんな老人に今を時めく魔道師統領を倒すような力はないさ。抑々の余の望みは、一刻も早く中原の争乱を収束させること。そのため少々強引な手法も採ったが、今ドーラのやっていることは、明らかに争乱を助長する行為だ。それを止めるのは、兄としての余の役目。決して他意はない」
胡散臭そうに横でその言葉を聞いていたツイムが口を挟んだ。
「いや、敵か味方かわからねえこんな爺さんを連れて行くぐらいなら、おれがもう一度行くぜ」
「口を慎め、ツイム」
そう窘めたのはアルゴドラス本人ではなく、ジェルマの身体にいるタロスであった。
「たとえ敵対する相手だとしても、両陛下の祖父に当たられるお方だぞ。それに、ドーラさまを説得するには、他に方法がないと思う」
ツイムはムッとして横を向いたが、それ以上反対はしなかった。
クジュケも迷いを吹っ切るようにテキパキと指示を下した。
「ともかくツイムどのは怪我の治療に専念してください。スルージさんについては、カリオテ大公国のお力をお借りして、霊癒族の隠れ里へ運んでもらうよう手配します。タロスどのも、カリオテで待機してくださいね。では、アルゴドラスどの、参りましょうか?」
アルゴドラスはニヤリと笑い、「おお、頼むぞクジュケ」と、まるで自分の部下であるかのように答えた。
同じ朝を眠られぬまま迎えた男がもう一人いた。
ガルマニア合州国の民事補佐官ハリスである。
「何とかして、こちらも援軍を、出さねば、このままでは、合州国が、潰されて、しまう」
白頭巾のため表情は見えないが、その独特の抑揚の言葉にも、焦燥感が滲んでいた。
そこへ予定にない来客が知らされたが、直後、その相手は案内も請わずにズカズカと入って来た。
「邪魔するぜ」
白い歯を見せて笑っているのは、野人太子ゲーリッヒであった。
相変わらず獣の毛皮を繋いだ珍妙な服を身に纏い、ボサボサの赤毛を荒縄で一つに結んでいる。
「おお、お久しゅう、ございます」
ハリスは旧主筋の元皇帝に頭を下げた。
が、ゲーリッヒは肩を竦め「硬っ苦しい挨拶は抜きだ」と断った。
「おれが言いてえことは、唯一つ。何故早く援軍を出さねえんだ?」
「そうしたいのは、山々ですが、合州国の危機に乗じ、マオロンを中心とした、南部の周辺勢力が、頻りに、ちょっかいを、仕掛けて、来ており、対応に、追われて、おります。加えて、パシーバ州へ、派兵するには、必ず他州を、通過せねば、なりませんので」
ゲーリッヒは歯を剥き出した。
「だったら、おれに相談しろよ! いつでも通過させてやるし、何だったら、南部のうるせえやつらは任せてくれてもいいんだぜ。小競り合いは得意だからよ。だが、おれんとこはまだ、ちゃんとした軍勢には育ってねえんだ。訓練された正規軍には、とても敵わねえ。だから、おめえに頼みてえんだ」
「おお、ありがとう、ございます。ならば早速、精鋭を整え、ヤーマン閣下を、お救いに、行って、参ります」
「頼んだぜ、白頭巾。この一戦に、この国の、いや、中原の将来が掛かってるんだ。絶対魔女ドーラなんかに、負けちゃいられねえ!」
しかし、そのドーラ本人は、未だに戦場に到着していなかった。
「くそっ! 跳躍も浮身もできぬのが、こんなにも間怠こしいとは。うーむ、かと云うて、ここで『識閾下の回廊』に戻ってまた迷子になっては何にもならぬしのう。上手くゾイアの身体に辿り着ける保証もないでな。いやいや、それより、今わたしがこの身体を抜ければ、タロス本人が戻ってしまう。今はただ、一日でも早くガルマニアへ到着せねば」
全軍の先頭を爆走しながら、馬上で独り言ちるドーラの傍へ、部下の一人が馬を寄せて来た。
「タロス閣下! お願いにござりまする! 少しは兵を休ませねば、疲労のあまり落馬するものが続出しております! このままでは、とても戦えませぬ! どうか、どうか、全軍に停止をお命じくださりませ!」
激昂して怒鳴り返そうとして、ドーラは前方にあるものを見つけ、息を整えてタロスの声で部下に告げた。
「良かろう! 全軍を直ちに停止させ、暫し休憩を取らせよ!」
「ははっ! 有難き幸せに存じまする!」
勇んで駆け戻る部下を後目に、ドーラはもう少し進んでから馬を下りた。
その前方の上空から、萎びた老人の姿のアルゴドラスを前向きに胸に抱え、クジュケが降りて来たのである。
兜を脱いだドーラは、吐息混じりに皮肉を言った。
「お元気そうで何よりでございます、兄上」
アルゴドラスも皮肉で返した。
「おぬしのお蔭で、久々に本来の己を取り戻せた。礼を言うぞ、アルゴドーラ」
「どういたしまして。で、ご用件は?」
「おぬしを止めに来た、と申したら、何とする?」
ドーラは苦笑しながらも、腰の剣をスラリと抜いた。
「残念ながら、そこの腐れ魔道師共々、この剣で始末するだけじゃ!」
ドーラの剣が一閃した。




