1407 ハルマゲドン(63)
眠れぬままに同じ夜明けを、スカンポ河東岸地域も迎えようとしていた。
話は少し遡る。
前日の昼すぎ、動き始めた腐死者の群れが最初に発見されたのは、上流域の荒野騎士団領の対岸である。
前身の野盗『荒野の兄弟』の首領であったルキッフは、騎士団長としてこの地域を統括するに際し、拠点をそれまで山岳地帯にあった砦から河湊近くの廃城へ移していた。
同時に、中流域のエオス大公国、下流域の新辺境伯領と、三者で東岸防衛同盟を結んで監視船を供与されており、ンザビを発見したのはその監視船である。
この辺りでは河幅も狭く、流れも急であるため、偶然乗組員が目撃していなければ、そのまま通過していたかもしれない。
「あれは、何だ?」
乗組員が見たのは、対岸の河原に林立する汚れた氷塊のようなものであった。
と、その氷塊の一つがズリッ、ズリッと動いた。
良く見れば人型をしており、凍ったままの脚を左右に揺するようにして歩いている。
乗組員の顔色が変わった。
「ン、ンザビだああーっ!」
まるでその叫びが号令となったかのように、他の氷塊もモゾモゾと動き出した。
船上は騒然となった。
直ちに停船し、特別火箭の一斉掃射が開始された。
が、火矢が当たっても氷が融けるだけで、寧ろ逆効果であった。
指揮を執っていた船長は舌打ちし、策戦を変更した。
「弩砲を用意しろ!」
エオスの首席工兵ヨゼフの発案で船に搭載されたばかりの新兵器が準備された。
回転式の台座の上に大型の弩弓を設置したもので、槍のような大型の矢を連射できる。
次々にンザビは串刺しになったが、固より死んでいるかれらには何の痛痒もなく、歩みが少し鈍くなっただけである。
野盗上がりの船長は、大きく息を吐いた。
「お首領に、いや、団長に応援を要請しよう。緊急連絡用のコウモリを飛ばしてくれ。ともかく、それまで駄目元で攻撃を続けるしかねえ」
「はっ!」
伝令役が駆け去るのと入れ違いに、若い水兵がおずおずと近づいて来た。
「船長、一つご提案してもよろしいでありますか?」
「ん? おお、おまえは漁師上がりだったな。ふむ。おれたちゃ元は野盗だから、河のことはよくわからん。何かいい手があるのか?」
若者は顔を赤くしながらも、自分の親よりも年上であろう船長に教えた。
「この船は漁船を改造したもので、船底には使わなくなった漁網が、万一に備えて置いてあります。これをバリスタで撃ち出し、連中が動けぬようにしては如何でしょう?」
「おお、そいつぁいいかもしれねえ。早速準備してくれ」
「か、畏まりました!」
この策戦が奏功し、この現場でのンザビの渡河は喰い止められた。
その間にルキッフはエオスのニノフ宛に早馬を走らせたが、その頃には中流域でもンザビの動きが始まっており、この流域を担当する監視船からの報告が先に届いたのである。
しかも、ロックが血相を変えて報告したように、こちらの方が遥かに数が多かった。
上流域と同じ困難に陥っているところへ、ルキッフからの第二便で漁網を使う方法が伝えられ、かなりの成果があった。
が、当然全ての船が漁網を積んでいる訳ではなかったから、防ぎ切れずにンザビが河に入ってしまったところもあった。
その瞬間、水面が赤く見えるほどザリガニが寄って来て、ガツガツと鋏の音が聞こえ、忽ちンザビは細切れにされた。
船員たちが歓声を上げたのも束の間、ガンクたちは腹を上に向けて次々に浮かんで来た。
偶々その現場を対岸から目撃していたロックが舌打ちした。
「ちくしょう! やっぱり結晶毒ってやつを腹に溜め込んでやがるのか」
北方の結晶の森でゾイアがその現場を見たという話を思い出したが、このまま毒が河に流れれば、最後の砦であるガンクが全滅してしまう。
「やべえな。おいらたちの力じゃどうにもならねえ。くそっ。こんな時、ゾイアのおっさんがいねえなんて」
ロックの文句が聞こえたかのように、上空から巨大な鳥が降りて来た。
無論、ゾイアではなく、その身体を借りているウルスである。
ウルスの形態はアウィスというより寧ろ翼竜のようであった。
人間の何倍もあるその翼竜は、歯のある口を開いて白い息を吐いた。
すると、ガンクが死んだ辺りの水が凍り、氷塊となって浮き上がって来る。
ウルスの翼竜は更に大きく口を開け、氷塊ごと咥え、急上昇した。
「やるじゃねえか、ウルス!」
思わず自分の主君を呼び捨てにしてしまったロックであったが、新手のンザビが対岸に接近して来ているのを見て、顔色を変えた。
「こりゃ、まずいぞ。うーん、火箭もバリスタも効かねえし、船に網もなしか。どうする、ロック?」
自問したつもりが、返事があった。
「こうすんだよ、ロック!」
振り返ると伊達髭のペテオが、見たことのない形の投石器を運んで来ていた。
「ゲルヌ殿下から蛮族軍が使ってた連射式カタパルトを貰って、ヨゼフが改良したもんだ。射程がうんと伸びたから、こっからでも対岸に届くぜ。ンザビめ、目にもの見せてやる! 撃ち方始め!」
ダダダッ、ダダダッと軽快な音が響き、大量の礫が河を越えて飛んで行った。
近づきつつあったンザビに次々に命中し、徐々に押し戻して行く。
それを見て、ロックの目が輝いた。
「すげえな、おい! おいらにも一台廻してくれよ!」
ロックにねだられたペテオは首を振った。
「残念だが、まだこの一台しかねえんだ。が、バリスタで石を打つ手もあるぜ。鋭利な矢とかじゃなく、貫通しない石の方が足止めの効果があるんだ。ともかく、何としても、あいつらを渡河させねえこった」
「よっしゃあ、戦い方さえわかりゃ、おいらだってやるぜ! おい、みんな、石を集めて来いや!」




