1406 ハルマゲドン(62)
ガルマニア合州国では、コロクス・ドーラ同盟軍六万に激しく攻め立てられながらもヤーマン直属軍三万は何とか持ち堪え、一部では反撃に転じたところで日没となり、敵味方とも夜襲を警戒しつつ眠れぬ一夜を過ごした。
叛乱軍を率いるコロクスは、夜明けを迎えようとする本営で、狒々のような顔を顰めて舌打ちした。
「おえりゃあせんのう」
その横には、軍師然とした佇まいの魔女ドーラの姿があった。
「倍の兵力がありながら、何故こうも手古摺るのだ?」
見た目こそドーラであるが、それは幻影であり、実態は白魔の傀儡となっている執事のサンテである。
コロクスは嫌な目つきで睨んだ。
「こっちが聞きてえわ。おみゃあの軍略どおりに兵を進めちょるんじゃから、そっちの責任ではにゃあか?」
「われらは兵士全体の精神を統制し、『危険を顧みず、只管攻撃せよ』と命じているだけのこと。それで当初は優勢であったのだ。ところが、昨日の午後辺りから、敵の動きが変わって来た。自然の掩蔽を巧みに使い、あちらこちらに兵が伏せてある。直線的に攻めて行くと横撃される。それを避けると、様々な罠が仕掛けてある。ヤーマンという男、なかなか侮れぬな」
「阿呆! 感心しちょる場合かや。あの大将は、元々そういう戦いが得意なんだぎゃ。が、それも兵力差をひっくり返すほどではにゃあ。今日こそは総攻撃をかけて、一気に潰さにゃあでは、だちかんでよ!」
更に声を荒げようとするコロクスを、サンテが制止した。
「待て。誰か来る」
と、不吉な黒い鳥のような姿の東方魔道師が飛んで来た。
サンテがドーラのフリをしていることは承知しているのだろうが、他の兵士たちに聞こえることを警戒してか、相手がドーラであるかのように報告した。
「ドーラさまに申し上げます。バロードから援軍が出発いたしました。その数、四万五千」
「何じゃと!」
叫んだのはコロクスの方であったが、東方魔道師は気にせず報告を続けた。
「率いているのは陸軍大臣タロス。夜を日に継いでの強行軍で、こちらに向かって来ております」
「そんな馬鹿な話があるきゃあも。バロードからここまで、どげに急いでも六日は掛かるだぎゃ。その前に、ヤーマンは潰れちょるわい」
「それだけではありません。プシュケー教団にも援軍の動きがございます。まだ募兵中ではありますが、既に二万を超えております」
言葉を失ったコロクスの代わりに、サンテがドーラの口調で告げた。
「ご苦労であったのう。引続き探索してくりゃれ」
「はっ」
東方魔道師の姿が消えると、サンテは周囲を見回した。
偶々寝起きだったらしい兵士が一人、近くを歩いていた。
「すまぬ。こっちへ来てくれぬかえ?」
兵士は何事かと駆け寄って来た。
「何でございましょう?」
「聞いたな?」
「え? 何を、でございますか?」
「ふむ。まあ、念のためだ」
サンテは横に呆然と立っているコロクスの腰から剣を抜き取り、コロクスに声を似せて「無礼者っ!」と叫ぶなり、兵士を斬り捨てた。
ものも言わず絶命した兵士の血の付いた剣を軽く振って血を落とし、コロクスの鞘に戻すと、サンテはドーラの声で褒めた。
「お見事なり! わたしに懸想して戦中に恋文を渡そうなどという不届き者を、よくぞ成敗してくださいましたのう。感謝感激にござりまするぞえ」
「な、何を……」
皆まで言わせず、サンテは声を低めて囁いた。
「そういうことにしておくのだ。今の話、決して兵士たちに知られてはならぬ」
「しかし」
「大丈夫だ。どこから援軍が来ようと、その前に勝てば良いのだ。おまえも言っていたではないか。今日こそは総攻撃をかけ、一気に勝敗を決めるのだと」
コロクスは何度も唾を飲み、辛うじて「わかったぎゃ」と声を絞り出した。
「兵士たちに指示を出して来るでよ」
蹌踉と歩み去るコロクスを見送ると、サンテは首を傾げた。
「援軍が来ることは予想していたが、あまりにも数が多いな。特にバロード軍だ。そんなことにならぬよう、腐死者たちに陽動を命じておいたのだが。ふむ。何があったのだろうか?」
上空から偵察した東方魔道師たちも、全力で馬を走らせるタロスの中身が自分たちの本来の主人に入れ替わっているなどとは、想定外だったのである。
同じ頃、防戦一方であったヤーマンの許にも、援軍の動きが伝わって来た。
勿論、さすがにバロード軍のことではなく、プシュケー教団の方である。
知らせを齎したのは、何と、娘のヤンであった。
「お父、プシュケー教団から援軍が来たでよ!」
苛々と爪を噛んでいたヤーマンの皺深い顔が、パッと輝いた。
「でかした! で、なんぼじゃ?」
「二千じゃ」
「に、二千? 二万の間違いではにゃあか?」
と、部屋の入口から「すまぬ」と声がした。
長い黒髪を後ろで縛ったファーンであった。
「兄弟子に頼み込んだが、直属の警備兵以外の帯同は許してもらえなかった。この二千にバスティル騎士団を加え、最前線で戦うつもりだ」
ヤーマンはガックリと肩を落とし、吐息した。
「焼いた鉄板を冷ますのに、鳥の涙を垂らすようなもんじゃのう」
これにはヤンが激昂した。
「失礼にもほどがあるだがや! ファーンさんは生命懸けで来てくれたんじゃぞ! それに、今頃はハンゼさんが、もっと援軍をくれちゅうて、蛇男を説得しちょる!」
娘には弱いヤーマンは、愛想笑いを浮かべ「まあ、そう言わんでちょう」と宥めようとした。
その時、「大統領閣下!」と叫びながら、赤毛のガルマニア人秘書官が駆け込んで来た。
「プシュケー教団ヨルム猊下より特急コウモリ便が参りました! 援軍三万を向かわせるとの由にございまする!」
これにはヤーマンよりも、ファーンが喜んだ。
「有難きかな、兄弟子! よしっ、これで勝てるぞ!」
が、一瞬笑いかけたヤーマンは、逆に表情を引き締めた。
「いや。これからが本当の勝負じゃ。向こうも必死で援軍が来る前に潰そうとして来るでよ。舐めたら、えれえことになる。ここが正念場だがや!」




