1405 ハルマゲドン(61)
ジェルマは漆黒の闇の中にいた。
「……おいら、どうしたんだろう?」
何も見えず、何も聞こえず、今の自分の声も音としては響かなかった。
いや、それどころか、肉体の感覚もない。
「まさか、おいら死んじまったのか?」
と、闇の中にポッと光る点が見えた。
点はみるみる大きくなり、人間の姿のようになった。
周囲は闇のままで、どこから来ているのかわからない光に照らされている。
「え? 誰だろう?」
姿は大人のようだが、まるで胎児のように身体を丸めている。
「ちょっと遠いな。よく見えねえや」
その言葉に反応したのか、その人間に視線が近づいた。
「ああ、やっぱりおいら見るだけの存在になってるんだな。つまり、幽霊ってことか? いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃねえな。こいつが誰なのか……あっ、あのアイゾーっておっさんだ!」
闇に浮かんでいるのは、先程地下の部屋で見たアイゾーという男であった。
眠っているのか固く目を閉じ、外界との接触を拒むように胎児の姿勢を保っている。
「どうなってんだ、これ? あの爆発で地面に埋まっちまったのか? いや、土の中って感じじゃねえな。どっちかっていうとフワフワ浮いてるみてえだ。うーん、どうしよう?」
ジェルマの独り言は音声として外に出ていないようであったが、その時アイゾーの口が動いた。
「ナターシャ……」
目を閉じたままのアイゾーの顔に苦悶の表情が浮かんだ。
「そうか。余程の衝撃だったんだよな。まあ、無理もねえか。あれ? おいら、なんか忘れてる気が……」
ジェルマは思い出そうとして首を捻り、別のことに気づいて「あっ」と声を上げた。
「おいらの身体が元に戻ってる! 声も出てる!」
その声が聞こえたのか、アイゾーの瞼がピクリと動いた。
「お、目が醒めたのかもしれねえぞ」
ジェルマは迷いつつも手を伸ばし、アイゾーの身体を軽く揺すってみた。
「寝てるとこ悪いけど、こんな真っ暗闇じゃ、おいらも心細いんだよ。アイゾーのおっさん、起きてくれねえか?」
アイゾーは目を閉じたまま、呻くような声で「誰だ?」と訊いた。
「覚えてねえかもしれねえけど、おいらジェルマさ。おっさんの生命の恩人だぜ」
「……ジェルマ?」
薄くアイゾーの目が開いたが、その瞳の色は黒ではなく、アクアマリンであった。
それを見た瞬間、ジェルマは昂奮して叫んだ。
「あっ! やっぱりだ! おっさんはゾイアのおっさんだね! おっさん、おいらを救けてくれよ!」
アクアマリンの目がカッと見開かれると、黒かった髪も色が抜けてダークブロンドになり、顔も体形も急速にゾイアのものに変化した。
その目が相手の姿をハッキリ認識したのか、ゾイアは慈父のような笑顔になった。
「おお、ジェルマか!」
ジェルマは「おっさん!」と抱きつき、安堵のあまりポロポロと涙を零した。
「やっと元に戻ったね、おっさん。おいら、随分心配したんだぜ」
ゾイアは優しくジェルマの背中を撫でながら、「すまなかった」と謝った。
「ずっと同じ夢を見ていたのだ。地下室で生き埋めになったかと思うと、いつの間にか戦火の中を彷徨っており、機銃掃射で脚を撃たれて倒れる。そこでナターシャに助けられ、恋に落ちて結婚し、シンゴという子供が生まれる。宇宙飛行士の夢を託したシンゴが事故で死に、二人淋しく暮らすうちに内乱が起き、巻き込まれてナターシャが死ぬ。その際の爆発で、われは生き埋めになる。その繰り返しであった。永遠に続くのかと思っていたが、今回は違った」
「違った?」
ゾイアはまた笑った。
「ああ。おまえが現れたのだ。当初の夢では、われを助けたのはナターシャ一人であった。それが今回おまえが出て来て、心の深いところで『おや?』と思ったのだ。そして今、おまえが名乗ってくれたことで、この悪夢の連鎖は終わったのだ。いや、悪夢とばかりは言えぬが」
ゾイアの表情が少し翳った。
涙を拭ったジェルマはゾイアの顔を覗き込み、大人びた声音で慰めた。
「ナターシャって、綺麗な人だったもんな。それに凛々しくて、何が起きても常に毅然として動じなかった。おっさんが惚れるのも無理はねえさ。ってか、あのアイゾーってのが、おっさんの本来の姿なのか?」
ゾイアは遠くを見るように目を細めた。
「そうかもしれぬし、そうでないのかもしれぬ。いずれにせよ、遥か何百年も昔の、いやひょっとすると何千年も昔の、それも別の宇宙での出来事だ。まあ、前世のようなものさ」
「前世?」
「ああ。まあ、この世界にはない考え方かもしれぬが、人間は何度でも生まれ変わるという教えがあったのだ」
「うーん、よくわかんねえな」
ゾイアは苦笑した。
「われもよくわからぬ」
ジェルマもつられたように笑った。
「訳わかんねえな。まあ、それが夢ってもんかもしれねえけど」
ゾイアの表情が改まり、深く息を吸って頷いた。
「ああ、夢だな。今のわれにとっての現実は、中原であり、沿海諸国であり、マオール帝国だ。そして、われはバロード連合王国の参謀総長ゾイアなのだ。最早迷うことはない。さあ、ジェルマ、戻るぞ!」
「おおっ!」




