1403 ハルマゲドン(59)
死体だと思っていた相手に足首を掴まれ、怯えるジェルマ少年に、その男は大人を呼んで欲しいと頼んだ。
その瞬間、男の瞳の色がアクアマリンに見え、ジェルマはギョッとした。
「おっさん?」
が、不思議なことに、男の瞳の色がどんどん濃くなり、ジェルマ自身の焦げ茶色よりも黒くなった。
「あれ? おいらの錯覚かな? さっきはアクアマリンのように見えたけど。まあ、良く見りゃ顔つきもおっさんとは全然違うな。どっちかって云うとマオール人っぽいぞ。髪の毛も黒いし、体格もおっさんほどゴツくねえし。あっ、怪我してんのか」
男の身体を見て行くうちに、太腿の辺りから出血しているのに気づき、ジェルマは近くに居るはずのナターシャを呼んだ。
「ナターシャの姉ちゃん、ちょっと来てくれ!」
その間にも、男のジェルマの足首を握る力が徐々に弱まり、苦しげに呻いている。
走り寄って来たナターシャは、「しっ。大きな声を出さないで」とジェルマを窘めつつ、目にも留まらぬ速さで腰に吊るしていた黒い金属製の道具を抜き取って両手で握り、男にその先端を向けた。
「撃たれたくなかったら、すぐにその手を離しなさい」
男はジェルマの足首からゆっくり手を離し、更に両手を挙げた。
「て、敵ではない。おれは、外国人傭兵部隊の者だ。頼む。助けてくれ」
必死な様子の男を睨みながら、ナターシャはどうすべきか考えているようだ。
それを見ているジェルマは、奇妙な感覚に襲われていた。
「なんでおいら、全部わかるんだろう?」
今にして思うと、最初にナターシャから話しかけられた言葉も、男が助けを求めた言葉も、二人が目の前で交わしている言葉も、全て別々の言語であり、勿論そのいずれも中原の言葉ではなかった。
ところが、理解できない単語はあっても、大意はわかり、それに対する返事も自然に出て来るのだ。
自動翻訳という単語が頭に浮かんだが、その意味はよくわからなかった。
ジェルマが困惑しているのとは逆に、ナターシャは心が決まったらしく、黒い金属の道具を腰の革帯に戻すと男に告げた。
「助けてあげるわ。けれど、女子供と見て舐めないでね。少しでもおかしな素振りをしたら、躊躇なく撃つわ」
「ありがとう……」
礼を言うなり、男は気を失った。
ナターシャは小さく舌打ちした。
「仕方ないわね。わたしがこの男を負ぶって先に地下室へ運び込むから、坊や悪いけど、そこに持って来てる廃材で入口を塞いでから、降りて来てくれない?」
「いいよ。けど、おいら坊やじゃねえ、ジェルマだ」
このような場合であったが、ナターシャは微笑んだ。
「わかったわ、ジェルマ。じゃあ、お願いね」
ナターシャは自分の服が汚れるのも構わず、血塗れの男の身体を抱えて下に潜り込み、自分の背中に乗せた。
「くーっ。さすがに重いわね」
「大丈夫かい、ナターシャ?」
「心配しないで、ジェルマ。こういう訓練もちゃんと受けてるから」
その言葉どおり、恐らく自分より重いであろう男を背負ったまま、ナターシャは階段を駆け下りて行った。
「へええ、大した姉ちゃんだな。おっと、おいらも頑張らなくっちゃ」
ジェルマはナターシャが運んで来ていた廃材をその場に広げ、不自然に見えないよう適度にズラしながら入口を覆い、自分が中に入ってから最後の一枚を引き寄せて閉めた。
下の部屋に降りて行くと、男は寝台に俯せに寝かされており、ナターシャは鋏のようなもので男の服を切り裂いているところだった。
「どうせもう着れない服だし、脱がせることもできないから、こうするしかないのよ。ああ、中に入ったら扉を閉めてちょうだい」
「うん」
ジェルマは鉄の扉を閉め、見よう見真似で船の総舵輪のようなものをグルグルと廻した。
と、背後で男の呻き声と、叱咤するようなナターシャの声がした。
「動かないで! 今、銃創を調べてるから、痛くても我慢するのよ。高速弾だから、多分貫通してると思うけど……ああ、良かった、抜けてるわ。簡単な縫合ならできるけど、麻酔はないから覚悟してね」
「わ、わかった」
ナターシャは大きく息を吸うと、ジェルマに告げた。
「こんな場合じゃなかったら子供に見せるものじゃないけど、今は助けが必要なの。わたしが指示するから、あなたも手伝ってちょうだい」
「いいとも、おいらに任せな!」
空元気で応えたものの、その後は正に悪夢のような時間であった。
「……終わったわよ、ジェルマ」
ナターシャに声を掛けられて初めて、ジェルマは自分が気絶して椅子に座らされていたことに気づいた。
「あ、すまねえ」
「いいのよ。あなたは良くやってくれたわ」
「あのおっさんは?」
ナターシャは安堵の表情で「寝てるわ」と笑った。
「幸い、抗生剤はあったから、痛みと熱さえ我慢すれば助かるでしょうね。ああ、そうそう。認識票で本当に傭兵かどうか確認できたわ。大丈夫よ。名前はアイゾーと読めるけど、正確な発音は本人が意識を取り戻さないとわからないわね」
「アイゾー……。うーん、どっかで聞いたような気がするなあ。え? まさか?」
(作者註)
464 ミッテレ・インポシビリタス(4)をご参照ください。




