1397 ハルマゲドン(53)
その少し前。
行政長官ロッシュの乱の余熱も冷めやらぬガルマニア合州国で、再び謀叛の企てが進められていた。
原因となったのは、またしても皇后オーネである。
一刻も早く本物の皇后になるためには、新たに夫となったコロクスを皇帝にするしかないと、暗躍を始めたのだ。
妻のオーネから大統領ヤーマンへの裏切りを強要されたコロクスは、共に叛旗を翻す密約をしたという魔女ドーラの城を訪ねた。
本来なら首席補佐官であるコロクスの方が格上なのだが、ヤーマンを倒すためにはドーラの協力が欠かせないため、応接間の入口付近に立ったまま、座らずに待った。
「待たせたの」
そう言いながら奥の間から出て来たドーラを見て、コロクスは狒々のような口を歪めた。
「こりゃ何の冗談だぎゃ? わしとて巫術師として一通りの魔道は学んぢょるでよ。幻影なんぞで胡麻化さりゃあせん。本人が出て来にゃあなら、同盟の話は無かったことにするだけだがや」
寧ろ謀叛を止める口実ができてホッとしたようなコロクスだったが、振り返ると、入口を塞ぐように数名の東方魔道師が立ちはだかっていた。
「おえりゃあせんのう。早々にそこをどかにゃあ、だちかんでよ!」
苛立ちを露わにするコロクスに、幻影のドーラが「まあ、待ちゃれ」と呼び止めた。
「同盟を反故にするのは、これを見てからにしてはどうじゃ?」
「何を見たところで、わしの気持ちは変わらにゃ……」
向き直ったコロクスの顔が蒼褪めた。
幻影のドーラからスルリと白い影が抜け出し、切れ目のような口が笑うような形になったのだ。
魔道神のものと違って輪郭が幾重にも横にズレているが、コロクスにとっては白い影と云えばもう一つの存在しか思い当たらぬようで、震える唇で呟いた。
「ド、白魔、あ、言うちゃあいけんのじゃった」
ドゥルブの切れ目のような口が、苦笑するように揺れた。
「別に何と呼ぼうと構わぬが、その名は人間が勝手に付けたもの。祟りがあるなんぞというのは迷信にすぎん。ともかく、ドーラの留守はわれらが預かっている。用があるのなら聞いてやろう」
当然のことながら、コロクスは迷った。
「そげなこと急に言われても、わしゃドーラから何も聞いちょらんでよ。第一、あんたとドーラは敵同士のはずではにゃあか?」
ドゥルブは切れ目のような口で笑った。
「昨日の敵は今日の友。われらの好きな言葉だ。まあ、昨日の友は今日の敵、かもしれぬがな。いずれにしろ、われらとドーラは既に和解している。考えてもみよ。これほど心強い味方はないぞ。もう勝ったも同然だろう?」
「じゃが、あんたらは『生きとし生けるもの全てを滅ぼす』ちゅうのが目的じゃろ?」
「ふん。時代は変わったのだ。放っておいてもいずれ死ぬ人間どもを、態々殺して何になる? それよりも支配し、自分の王国を創る方が余程愉しいではないか」
コロクスは柄にもなく少し震えた。
「おみゃあに支配された人間がどげな目に遭わされるかと思うと、ゾッとするだぎゃ。しかしまあ、それはバロード辺りでやってちょうよ。ガルマニアはわしのもんだで」
「そうか。実は、バロードはドーラにやるつもりなのだ。ならば、われらはいっそマオールを貰うとしよう。うむ。それがいい。あそこの人口は中原の凡そ十倍。支配のし甲斐がある」
話が大きく成り過ぎて、コロクスは少し警戒する表情になった。
「おみゃあにそんだけの力がありゃあ、マオールだけでにゃあで、全世界が手に入るんではにゃあか?」
ドゥルブは白い影の肩を器用に竦めて見せた。
「それができるなら、言われずとも疾うにやっているさ。忌々しい聖剣に力を封じられ、身動きも儘ならぬ時に強大な敵が……おっと、内情はともかく、われらが充分に力を発揮するためにはドーラの協力が必要で、ドーラが自由に動くためにはおまえの援護が不可欠だ。つまり、われらとおまえは一蓮托生なのだよ」
コロクスの気持ちはかなり傾いているようであったが、聞くべきことを思い出した。
「そのドーラ本人は、今何をしちょる? それは秘密かや?」
「いやいや、おまえに隠すことなど何もない。聖剣を奪い取りに行っておるのさ。恐らく数日中には何とかなろう」
相手に慣れて来たこともあり、コロクスは癇癪をぶつけた。
「それじゃあ間に合わにゃあ! 明日にもヤーマンの大将にバレにゃあかと、生きた心地もにゃあだがや。ああ、どげにすりゃあええんじゃ。おお、そうじゃ!」
コロクスの皺に埋まっているような小さな目が、カッと見開かれた。
「ちょうどええ! その幻影なら、素人は騙せるだぎゃ。おみゃあがドーラのフリをして、軍を動かしてちょう。今ならまだ、大将も油断しちょる。やるしかにゃあでよ」
ドゥルブは「いや、約束したのは防衛だけで」と言いかけて、切れ目のような口でニヤリと笑った。
「攻撃は最大の防御なり。われらの好きな言葉だ。よし。やってやろう!」
その翌日、コロクス・ドーラ連合軍は、総兵力六万の大軍勢を動かし、難攻不落と思われていたパシーバ州へ攻め込み、山間地特有の隘路を物ともせず、大攻勢を掛けたのである。




