1395 ハルマゲドン(51)
妹ドーラに見捨てられたというアルゴドラスに、警戒しつつもクジュケは「どういう意味ですか?」と尋ねた。
が、アルゴドラスの答えは「詳しい経緯はわからぬ」という素っ気ないものであった。
「この小僧に繋がる『識閾下の回廊』に入り込む際、二人分の幽体では負荷が掛かり過ぎるだろうと事前に相談し、アルゴドーラだけが行くことにしたのだ。無論、途中経過を知らせるという約束であった。ところが突然、別れを告げるような思念を送りつけて来ると、内側から回廊を塞ぎおったのだ。最初から計画していたとは思えぬから、中で何かあったのだろうな」
「何かとは何だ?」
尋問するような口調で訊いたのはツイムの方である。
アルゴドラスはジロリと睨みつけた。
「海賊上がりだとしても、長生きしたくばもう少し礼儀を弁えよ。二千年前の聖王宮なら、即刻打ち首だぞ」
ツイムは鼻を鳴らした。
「生憎だな。今は二千年前じゃねえし、あんたも聖王じゃねえ。カルス王の王政復古当時は、王の伯父として大元帥ドーンを自称していたが、その後はすっかり魔女ドーラに主役の座を譲ったみてえだな。現在のガルマニア合州国でも、大統領補佐官兼州総督の地位にあったのはドーラで、あんたは完全に日蔭者に」
「よしなさい!」
ツイムの悪口を遮ったのはツイムであった。
しかし、アルゴドラス本人はあまり気にする風もなく、平然と応えた。
「動き回るには、妹の方が便利であったからな。余には跳躍も浮身もできぬ。唯一できる魔道は、見かけを若くすることだけだ。まあ、一時的には筋力も壮年の頃に戻せるのだが、さすがに筋力だけでは空は飛べぬからな。聖剣さえ手許にあれば、こんな不自由はせずに済んだものを。結局、最後の最後まで悪友に邪魔され続けたよ」
何か言いたそうなツイムの機先を制し、クジュケが「サンジェルマヌス伯爵ですね」と話を引き取った。
「わたくしたちとしては、伯爵に感謝してもしきれません。が、それはそれとして、あなたさまは、これからどうするおつもりなのですか?」
アルゴドラスは苦笑した。
「正直、自分でもどうしたら良いのかわからぬ。このまま妹が聖剣を手に入れたとして、肉体を持たずにどうするつもりなのか……ああ、そういうことか」
アルゴドラスの表情の変化を見ていたクジュケもすぐにピンと来たらしく、顔色を変えた。
「わたくしはすぐにエオスの大公宮へ戻ります。後のことは、ツイム大臣にお任せします」
慌ただしくその場からリープしようとするクジュケに、入口近くに立っている魔道屋スルージが「あっしも一緒に行った方がいいですかい?」と聞いた。
一瞬迷ったが、クジュケは首を振った。
「いえ。ジェルマ少年もまだ目醒めていませんし、このお方の見張り役も必要です。残ってください。向うで何かあれば、ドーラさまが戻って来る可能性もなくはないので」
その言葉を聞いて、ツイムもやっと「そうか、そりゃ大変だ」と声を上げた。
「ここはおれに任せ、早く行ってくれ!」
既に防護殻に包まれ始めていたクジュケの口が「お願いし」と動いたが、言葉尻の部分はもう見えなかった。
残されたツイムは、改めてアルゴドラスを見た。
自然と王者の風格が漂う相手に気圧されぬよう、腹に力を込めて告げた。
「本来なら船底の牢に入れるべきところだが、両陛下の祖父であることを鑑み、賓客用の船室に入ってもらおう。但し、スルージを含めた数名の見張りを付ける。いいな?」
アルゴドラスは肩を竦めて見せた。
「仕方あるまい。その代わり、一流の料理と葡萄酒を提供するのだぞ」
奥歯を噛み締めて込み上げる怒りに堪えたツイムは、スルージに「案内してやってくれ」と頼んだ。
「船長室の横のでっかい部屋でやんすね?」
「ああ。近くに副長のオコモがいるはずだから、今おれの言ったことを伝えてくれ」
スルージが返事をする前に、アルゴドラスが「料理と酒の件も忘れずにな」と被せるように告げた。
ツイムは小さく舌打ちしたが、「それも、だ」と追加した。
「合点承知!」
スルージに先導され、悠揚迫らぬ風情で歩み去るアルゴドラスの背中を睨みつけていたツイムも、諦めたように吐息すると、未だに眠り続けているジェルマの傍に寄った。
その寝顔は安らかで、寝息も規則正しいが、やはりどこか不自然であった。
「そうか。さっきから全く寝返りしねえな。全身の筋肉が弛んでるみてえだ。クジュケが魔香って言ってたからな。昼寝どころか、夜だってこんなにグッスリは眠らねえ。が、いずれ効果は切れるはずだ。ここで待って、父ちゃん母ちゃんが無事だったことを教えてやんなきゃ」
ツイムは自分の息子であるかのように、優しい目でジェルマを見ていた。
が、見た目とは裏腹に、その時ジェルマは悪夢の中にいたのである。
周囲は家々が崩壊した瓦礫だらけであり、木材がブスブスと焦げるようないがらっぽい臭いが立ち込めている。
どんよりと曇った空から、轟々という腹に響くような音が聞こえ、時折、ヒューッと甲高い別の音がしたかと思うと、耳を劈くような爆発音がした。
「こ、ここはいってえ、どこなんだ?」
ジェルマは本能的に、ここが中原とは異なる世界だと感じていた。




