139 新都構想
大剣を投じたのは、無論、ガルマニア帝国皇帝のゲールである。
いつもと違い、旅行用の略式鎧を身に纏っている。
たった今、到着したばかりのようだ。
ゲオグストからの距離を考えると、龍馬を使ったのであろうが、それでも強行軍には違いない。
真っ赤な髪が乱れて額にかかっている。
しかし、その横顔はハッとするほど秀麗であった。
ブロシウスは、一本目の大剣を辛くも躱したものの、当然二本目が飛んで来るものと身構えていた。
が、よく見ればゲールは手ぶらであった。
ブロシウスの視線の意味がわかったらしく、ゲールは恐るべきことを言った。
「ここに来る前に、エピゴネスとかいう塵を始末した」
「お、畏れ入りまする!」
ブロシウスは、その場に平伏した。
さすがに生きた心地がしない。
「目の前で相手に跳躍されて逃げられるなど、魔道師として無能極まりない。わが帝国に、無能な人間は不要である!」
いつになくゲールが饒舌であることが、一層怖ろしい。
「あ、それは」
相手が外法を使ったからと説明しようとして、止めた。
言い訳をしていると思われれば、即刻首が飛ぶ。
しかし、幸い、ゲールは他のことに気を取られていた。
「チャドスから聞いた。このエイサを中原制覇の要にしたいと。おまえにしては良い考えだ。但し」
ゲールが近づく気配がし、床に刺さった大剣を抜いたらしく、ズボッという音がした。
ブロシウスは覚悟を決めた。
万が一の場合には、それこそ跳躍するしかない。
大人しく殺される気など、更々なかった。
だが、ゲールは屈んで、ブロシウスの耳元で囁いた。
「おまえには任せん。チャドスにやらせる。何故なら、ここをマオール風の新しい帝都にするつもりだからだ。名前も、もう決めた。ゲルポリスだ。良い名だろう?」
「はっ!」
ゲールはスッと腰を伸ばして離れ、すぐに大広間に響き渡る大音声で命令を下した。
「軍師ブロシウス! 直ちに軍三万を率い、バロードを攻め滅ぼせ! 大義名分など一切不要! それが完了するまで、帰参は許さん!」
「はははーっ!」
ブロシウスは土下座しながらも、チラリと視野の隅に捉えていた。
ゲールの後ろに立ち、北叟笑むチャドスの姿を。
戴冠式に列席した各国の代表たちが帰国したことにより、ウルス王子が魔女に憑りつかれているらしい、若しくは魔女そのものである、との噂は、燎原の火のように中原中に広まった。
それは、代表を送らなかったバロード共和国にも当然聞こえてきていた。
しかし、ウルスとウルスラの真実を知る人間は最早バロードに残っておらず、大部分の国民は、一先ずウルス王による母国奪還戦争が避けられそうだ、という安堵感の中にいた。
そんなある日。
「おーい、ニノフ、いるかーっ?」
ニノフの稽古場兼自宅の外から、副官のボローの声がした。
「少し待ってくれ!」
稽古の後、汗を拭っていたニノフは、急いで胸に晒しの布を巻いたが、最早、隠しきれぬ程膨らんできている。
そのため、上からザックリした緩い上着を羽織った。
「いいぞ、入ってくれ!」
ニノフは扉の掛け金を外した。
「すまんな、急に」
そう言いながら入って来たボローは、一人ではなかった。
魔道師のマントを纏った老人が一緒である。
フードは下しているため見事な白髪が見えているが、灰色の瞳に計り知れない叡智を湛えていた。
「お邪魔するぞ」
「おお、あなたは、ケロニウス老師!」
「折り入って話がしたくて、ボローどのにお願いしたのじゃ。入っても、宜しかろうか?」
「ああ、それは無論です。むさ苦しいところですが」
「失礼する」
ケロニウスが入るのを見届けると、ボローは「おれはまだ練兵があるから」と帰って行った。
気を利かせたつもりのようだ。
「薬草茶を淹れますので、適当にお座りください」
ニノフが椅子を勧めると、ケロニウスは「どうか、お気遣いなく」と遠慮がちに座った。
「いえ、稽古の後なので、ちょうど自分が飲みたかったんです」
ニノフが二人分の薬草茶を用意するのを待って、ケロニウスは徐に切り出した。
「無礼は重々承知の上で、敢えてお尋ねする。ニノフ将軍も、両性具有者ではござらぬか?」




