1391 ハルマゲドン(47)
見知らぬ街の寂れた書店で、怪しげな老人から仮面を着けるよう勧められたジェルマ。
しかし、マスクはピタリと顔に貼り付き、取れなくなった。
必死で外そうと藻掻きながら、ジェルマは口汚く相手を罵った。
「爺ぃ、騙しやがったな!」
が、耳元で穏やかな声の返事があった。
「騙してなどおらぬ。ちょっと静かにしておれ。今、おまえの封印されている記憶を解除しておるのだ。おまえさえ動かなければ、すぐに済む」
「な、何だと?」
老人の言うとおり、暴れるのを止めた途端、マスクはハラリと取れて床に落ちた。
老人はそれを拾おうともせず、「まあ、このマスク自体は玩具のようなものじゃが」と笑った。
その笑顔を見たジェルマは、愕然とした。
「ご先祖さま?」
「そうさ。わしこそ、おまえの祖先サンジェルマヌス一世じゃ。まあ、尤も、今ここにおるのはその一部の擬似人格に過ぎんがのう。しかも、わしの計算が正しければ、おまえの時代の二百年前のわしじゃ」
「二百年前? ってことは、おっさんへの伝言を遺した時かい?」
「おお、正にそうじゃ。さて、おまえの記憶も完全に戻ったようじゃから、じっくり話してあげよう。まあ、座るがよい」
ジェルマに子供用の椅子を出してやると、初代のサンジェルマヌス自身も愛用しているらしい揺り椅子に座った。
さて、おまえがまだこの世に生を受ける前、おっさんへの伝言を設定するため、わしは、子孫たちの住むダフィネを訪れた。
誰にしようか迷っている時、わしの父と同じ名のおまえの父を見つけたのじゃ。
因みに、わしの名は畏れ多いからと付ける子孫が少なかったものの、それでも歴史上何人かはおったよ。
が、わが父ボルドニクスの名を付けられたのは、おまえの父が最初じゃ。
まあ、わしが言うのもなんだが、縁起が悪い、ということであったらしい。
生き血を抜かれた水死体の状態で発見されたからな。
何?
それは真か?
そうか。
では、わが父も、わしと同じように死後も存在し続ける運命であったのだな。
これで、わしの友人ボサトゥバが言うておったことの謎が解けたよ。
おっさんは本当に父に会ったのじゃな。
ありがとうよ、教えてくれて。
いやいや、わしが会うことは叶うまい。
その機械の身体というものがどういう仕組みかわからぬが、『識閾下の回廊』とは繋がっておらぬからな。
おお、そうじゃよ。
わしはここでしか存在できぬ。
従って、この二百年の間に何があったのか、何も知らんのだ。
ああ、わかっておる。
わしの本体は死んだのであろう?
設定しておいた伝言が消滅したのに気づいたからの。
おまえの父に設定した伝言は、直系の男子に引き継がれるようにしておいた。
わしが死んだら、その時点でそれを保持しておる子孫に、おっさんに伝えなければならないという使命感が生まれるのじゃ。
が、万が一、おっさんが伝言を見る前に、おまえの父または直系の男子が死ぬようなことがあれば、伝言は出口を失い、ここへ戻るように設定してあった。
その場合に別の子孫に繋ぎ替えができるよう、わしの擬似人格をここへ残した、ということさ。
因みに、その予備要員とはトラヌス伯爵じゃ。
あやつは、わが子孫の中で最もあくどい男じゃったが、殺しても死なぬようなしぶといやつであったからな。
今も生きておろう?
じゃと思うたよ。
しかし、おっさんへ伝えてくれたのが、おっさんと出会った頃のわしにそっくりなおまえで良かった。
おまえがここへ入って来た時、一目で子孫であることがわかったよ。
同時に、伝言が終わった後の記憶消去で、わしが誰かさえわからぬようになっていることに気づいた。
そこで、知らぬフリであのマスクをしてもらったのじゃ。
あれは単なる目隠し用で、相手がそれに気を取られている間に、わしが色々な施術をするための小道具さ。
おっと、そうじゃった。
まだおまえの名を聞いておらなんだな。
ボルドニクス二世は、おまえに何という名を付けた?
本当か!
なんとまあ、これを天の配剤と呼ぶべきか、見えざる神の手に依るものと思うべきか。
いずれにせよ、出会った頃のわしにそっくりで、わしと同じ名前のおまえに、おっさんが気づかぬはずがない。
ケルビムのおっさんは、何と言うておった?
ゾイア?
何じゃ、その変な名前は?
ほう、そうか。
では、その名が本来のおっさんの名なのじゃな。
ならば、二百年後のわしは、あ、いや、おまえにとっては現在の世界のわしは、すぐにはおっさんと気づかなかったかもしれんな。
まあ、自由に変身する超戦士などそう何人もおるまいから、やがては気づくであろうが、それで出会うことなくスレ違ったのじゃろう。
惜しいことじゃ。
いや。
寧ろ時の流れに矛盾が生じぬよう、知らぬフリをしておったのかもしれん。
本来のわしが死んだ今となっては、知る由もないがのう。
おお、すまぬ。
繰り言が長くなったな。
おまえがここへ来たのは、何か理由があってのことじゃろう。
今度は、おまえが話をしてくれぬか?
現在のジェルマ少年は、どこから話したものか迷っていたが、結局、ゾイアと出会ってから現在までに自分が見聞きしたことを中心に、順を追って話すことにした。
長い話を聞き終わったサンジェルマヌスは、暫く目を瞑って感慨に耽っているようであったが、目を開くと同時に太い溜め息を吐いた。
「そうか。アルゴドラスめ、禁断の時渡りをしておったのか。なんと愚かな妄執じゃ! ああ、すまん。思うことは色々あるが、今はそれどころではないな。おまえの父母を救うことが先決じゃ。サンサルスの言うこともわかるが、わしのところにその聖剣はない。抑々、現在のバロード王国の王や女王とは、まだ会う前のわしじゃからな。うーむ。しかしどうであろう? たとえ場所がわかったとしても、あのアルゴドラスや妹アルゴドーラに渡すべきか否か。おお、そうじゃ。今この『識閾下の回廊』にアルゴドーラがおるのなら、直接わしが会うて話してみようかのう」
(作者註)
918 ジェルマからの伝言(1)から、922 ジェルマからの伝言(5)をご参照ください。




