1388 ハルマゲドン(44)
ギルマンは、太古の時代に隕石が落ちてできた隕石孔である。
そのため全体の形は真円に近く、内側の地面は放物面状になっている。
但し、その中心部にある竪穴は自然にできたものではない。
この地形を利用して救難信号を発信しようとした『惑星開発委員会』、つまり魔道神が派遣した巨人型自律機械、即ち機械魔神が掘ったものであった。
そこへ配備された自律式発信機は、穴の底に埋まっていた隕石本体から伝導蔦の種を取り出して育て、超伝導回路として使用していた。
因みに、怪物蛟は、この伝導蔦の数千年に一度起こる突然変異体である。
さて、モノリスが救難信号を発信するためには、時空干渉機が必要であったが、何らかの理由で原住民の手に渡り、ギルマン王家の宝物として保管されていた。
それこそが聖剣であった。
しかし、それは現実の世界の、しかも三千年前の話である。
今ジェルマとゾイアのような少年の目の前にある竪穴は、『識閾下の回廊』の中にあるもので、謂わば明晰夢の一部として見えているに過ぎない。
それでも猶、少年から側面にある階段を降りて行こうと提案されたジェルマは、足が竦んだように動けなかった。
それほど写実的なのだ。
少年は薄く微笑むと「ぼくが先に行くよ」と告げ、階段の下り口の方に向かって歩き出した。
ジェルマは軽く舌打ちすると、「おいらが先だ!」と急ぎ足で少年を追い越した。
階段といっても、円筒状に刳り抜かれた竪穴の側面の岩を粗く削っただけののもで、どう見ても後から手作業で追加したものである。
当然手摺りなどはなく、足を載せる踏面も水平を保っていない。
下り口に立ったジェルマは、どうしても最初の一歩が踏み出せず、蒼褪めた顔で少年を振り返った。
「飛んだらヒュドラに見つかるって言うけど、落っこちたら同じことだぜ。あ、そうだ! どうせ階段で降りるんなら、さっきやった想像の見えない階段で良くねえか?」
少年は首を振った。
「駄目だよ。それじゃ丸見えで、飛ぶのと一緒だ。側面の岩肌に身体を密着させながらこの階段を降りる方が安全だ。できないなら、ここで待っていてくれ」
「で、できるさ!」
持ち前の負けん気で、ジェルマは一気に数段駆け降りた。
上から「もっと身体を岩に寄せるんだ!」という少年の声がする。
「へっ。わかってらい。最初の一歩が怖えから、まとめて何歩か降りただけさ。さあ、こっからはゆっくり行くぜ」
ジェルマはなるべく下を見なくて済むよう身体を横に向け、岩壁を舐めるようにして一歩ずつ進んだ。
そのため、後から来た少年にすぐに追いつかれてしまった。
「もっと急がないと、日が暮れるよ」
「るっせえ! おいらにゃおいらのやり方があるんだ。それに、日暮れまでにって約束した地獄の番人は、どうせ夢の登場人物だろ?」
少年は薄気味の悪い笑顔になった。
「ぼくが言ったことを忘れたの? ここは普通の夢の中じゃない。『識閾下の回廊』なんだ。ここで起きたことは、必ず現実に影響を及ぼす。約束を破ったら、きみのお母さんがどうなるかわからないよ。それにお父さんの方は、現実の世界で捕まったままなんだろう? 急いだ方がいいよ」
ジェルマは鼻を鳴らした。
「なんだよ、見かけはゾイアみてえでも、性格は陰険そのものじゃんか。急げばいいんだろ!」
言い返して正面に向きを変え、歩き出そうとしたジェルマは、つい穴の方を見てしまった。
遥か下でミミズのように蠢くヒュドラが、長い触手を何本も伸ばしており、その一本がすぐ下を掠めた。
「うわっ」
思わず声を上げ、身体の均衡を崩したジェルマの腕を、後ろから少年が掴んだ。
グッと引き戻され、耳元で押し殺した声で警告された。
「静かに。気配を覚られたやもしれぬぞえ。暫く動かず、ジッとしておれ」
その声の微妙な変化に気づく余裕もなく、ジェルマは再び岩にへばり付き、息を殺した。
どれくらいの時間が過ぎたのか、少年から「もういいよ」と声を掛けられた時には、ジェルマはその場でへたり込みそうになった。
「ふうっ。寿命が百年ぐらい縮んだぜ」
「だいぶ時間を使ってしまった。急ごう」
「ふん! わかってるよ。でもさ、手摺りも何もなしじゃ、あ、そうか!」
ジェルマは、岩壁と反対側の空中をグッと握るような動作をした。
手は本当に何かを握っているような形で止まっている。
「へっ、どんなもんだい。これなら下から見えたとしても拳の先だけさ。そいじゃ、お先に!」
ジェルマが見えない手摺りを掴んで早足で歩き出すと、少年はニヤリと笑い、小声で呟いた。
「さすがに子供。頭が柔軟じゃの。が、智慧は足らぬ」
少年は、見えない椅子に腰を下ろすような姿勢になると、そのままスーッとジェルマの後ろをついて行った。
階段は巨大円筒状の側面を螺旋状に下っているため思ったほどには距離が捗らず、先を行くジェルマは焦って駆け降りている。
「ちぇっ。これじゃホントに日が暮れるぜ。けど、見つかって、あんな化け物に喰われるのは真っ平だしな。うーん、しかし、無事に底に着いたとして、どうやってあいつを倒したらいいんだ?」
と、真後ろから少年の声が聞こえた。
「それは、ぼくに任せて」
「え?」
驚いて振り返ると、ぶつかりそうになるほど近くに少年の顔があった。
「びっくりするじゃねえか!」
「しっ! 声が大きいよ。ぼくがきみの知ってるゾイアという人物なら、どうやって怪物と闘うと思う?」
「そりゃ変身して、あ、そうか。でも、できるのか?」
「できるとも。そのために、このような姿になったのじゃからの」
ジェルマは鼻に皺を寄せた。
「おい。そんな言い方はよせよ。まるで魔女みてえじゃ……」
唖然とするジェルマの目の前で少年はみるみる大きくなり、同時に服装も女性らしいものに変わって、美熟女姿の魔女ドーラとなった。
「案内ご苦労であったのう。おぬしであれば正解に辿り着けるであろうとは思うたが、ここから先は足手纏いぞえ。闘いの邪魔になる故、ヒュドラの気を逸らす生贄になってもらうとしようかの」
「何だと! ああっ、やめろっ!」
ドーラは、両手でドンとジェルマを突き落とした。
(作者註)
過去のギルマンと聖剣の関係については、686 過去への旅(3)~696 過去への旅(13)辺りをご参照ください。




