1387 ハルマゲドン(43)
大人の姿となったジェルマのいる世界は、地獄のような光景から、古代のギルマンを思わせる草原へ変わった。
そこに突如現れた少年は、ゾイアと同じアクアマリンの瞳をしており、捜すべきものはアルゴドラスの聖剣であると教えた。
囚われの身の父を救うためにも、ジェルマは聖剣を手に入れる決意を固める。
「アルスールにしろアルゴドラスにしろ、聖剣ってもんがあるとすりゃ、ギルマンの中央の竪穴の中しかねえと思うんだ。ともかくそこへ行こうぜ、ゾイア」
ゾイアのような少年は、また首を傾げた。
「さっきも言ったように、ここは『識閾下の回廊』、つまり夢の中なんだ。どれだけギルマンに似ていたとしてもギルマンそのものじゃない。中央に孔があるかどうかなんて、わからないよ」
ジェルマは肩を竦めた。
「だとしたって、他に手懸かりはねえんだ。行くだけ行ってみようぜ」
「じゃあ、飛んで行こう」
ジェルマは苦笑した。
「ここでは飛べねえんだ。いや、それどころか、魔道は一切使えねえぜ」
少年はしたり顔で頷いた。
「知ってるさ。何故なら、通常夢の中へ入れるのは幽体だけで、肉体は外へ置いたままだからね。魔道は肉体に属する能力だから、当然使えない。しかし、逆に夢の中だからこそ、できることもある。きみは空を飛ぶ夢を見たことはないかい?」
「そりゃ、あるさ。まだ浮身の技ができなかった頃なんか、しょっちゅう見てたよ。ただまあ、実際のやり方とは違うやり方だったけどな」
「へえ。どうやってたの?」
「見えない階段があると想像して、一歩一歩上るのさ。それである程度上がったところで、思い切って飛び降りると、モモンガみてえに滑空できるんだ」
「じゃあ、そのとおりにやってみてよ」
「うーん。まあ、やってみっか」
ジェルマは半信半疑のまま、右足を上げてみた。
「おっ。行けそうだ」
右足が浮いたまま左足を踏み出すと、更に上がった。
面白くなって見えない階段を駆け上がると、その横を少年がスーッと滑らかな動きでついて来る。
ジェルマもそれに気づき、小さく舌打ちした。
「狡すんなよ」
少年は横を向いて笑った。
「狡じゃない。ぼくはただ、階段の方が動いていると想像しているだけさ」
「んな馬鹿なこと……お、できた。成程、こりゃラクチンだな」
二人はグングン急上昇し、草原の奥に円形の穴らしきものが徐々に見えて来た。
ジェルマは得意げに少年に告げた。
「やっぱり、おいらの思ったとおり穴があったじゃねえか。よし、もうここらでいいだろう。降りようぜ」
「そうだね。けど、直接孔に飛び込むのは危険だよ。取り敢えず穴の縁に着陸しようよ」
「いいとも!」
言った次の瞬間には、ジェルマは両手を広げて見えない階段から飛び降りていた。
が、優雅に滑空、とはならず、錐揉み状に落ちて行く。
「わ、わ、わ」
その横を腕を閉じて急降下した少年が「もっと身軽になって!」と警告し、すぐに手を開いて速度を落とした。
その間にもジェルマは落ち続け、地面が迫って来ている。
「身軽にって言われても、うーん、そうか。想像すりゃいいんだな」
ジェルマの身体がグッと小さくなり、更に手足と胴体の間にペトロミィのような飛膜ができた。
風を孕んで飛膜が膨らみ、落下速度が急激に緩む。
「ふう、助かったぜ」
最後は鳥のように腕の飛膜を羽ばたかせながら、ジェルマはゆっくりと着地した。
すぐに飛膜は引っ込み、身体も元の大きさに戻った。
後から降りて来た少年が「良かったね、無事で」と声を掛けたが、ジェルマは鼻を鳴らした。
「考えてみりゃあ、ここは夢の中だろ? 落っこちたって、どうせ怪我はしねえよ」
が、少年は首を振った。
「普通の夢ならそうかもしれない。けれど、『識閾下の回廊』は、或る意味、別の世界だといっていい。例えば、それが熱いものだと強い暗示をかけると、常温のものに触っても火傷するように、ここでの怪我は肉体にも影響を及ぼす。最悪の場合、ここで死ねば、本当に死ぬこともあり得るんだよ」
「ええっ、マジかよ」
冗談めかして笑顔でそう言ったものの、ジェルマの声は少し震えていた。
が、ふと穴の中を覗き込んだ時には、ジェルマの身体全体が震え出した。
「な、なんじゃ、ありゃ!」
円筒形に刳り抜かれたような深い竪穴の底に、何やら紐状のものが何本も何本も、グネグネと気味悪く蠢いているのが見える。
横から覗いた少年も「むう」と唸った。
「あれは蛟さ。現実のギルマンにもいた怪物ぞえ。うーん、どうしたものかのう」
「え?」
「ああ、いや、何でもない。ともかく、きみの推理が正しかったようだ。聖剣があるとすればこの中、というより、ヒュドラの腹の中だろう。危険だが、下に降りてみよう」
「また飛ぶのか?」
「いや。獲物が飛んで来たとヒュドラに思われたら、忽ちあの触手に絡め捕られ、頭からボリボリと喰われてしまう。よく見たら、竪穴の側面に螺旋状に階段のような窪みがある。あそこから降りよう」
確かに階段のように側面が削ってあるが、人一人がやっと通れるぐらいの幅しかない。
ジェルマは、ゴクリと生唾を呑んだ。




