1383 ハルマゲドン(39)
トラヌス伯爵国に乗り込んだクジュケは、何名も長命族が拉致されていることを知り、国家元首であるトラヌス伯爵に挨拶した後、ギータから頼まれていたジェルマ少年の実家を訪ねた。
本人はまだ実家に戻っていなかったものの、ジェルマの父は既に誘拐されており、残されたジェルマの母に慰めの言葉を掛けた。
「さぞかしご心配でしょうが、先程お会いしたトラヌス伯爵も、全力を挙げて対応するとのことでした」
ところが、ジェルマの母は意外なことを告げた。
「いいえ。トラヌスさまは、これ幸いと、形だけ捜査するフリをして、迷宮入りさせると思いますわ」
「えっ、どういうことですか? 確かにご高齢で、フガフガと喋って、あ、失礼、お言葉は不明瞭ではありましたが、まさか、そのようなことは」
ジェルマの母は周囲を見回した。
「わたしは普通人でできませんので、すみませんが、結界を張っていただけませんでしょうか?」
「はあ。その方が宜しければ」
クジュケは簡易的に、二人が居る応接間だけに結界を張った。
「これで、余程のことがなければ、盗み聞きはされぬと思いますよ」
「ありがとうございます。少し長くなるかもしれませんが、ご容赦ください。ああ、自家製の飲料酢ぐらいしかありませんけど、よければどうぞ」
「いただきます。うっ、酸っぱ。あ、でも、美味しゅうございますよ」
ジェルマの母は嬉しそうに微笑み、話を始めた。
失礼ですが、あなたさまは妖精族でしょう?
チラリとお耳が見えたものですから。
まあ、あのサンサルス猊下のご子孫でしたか。
で、あれば、失われた種族の実状はおわかりですね。
ご存知のように、二千年前にダフィニア島が海没した際、十種族は対岸に渡りました。
多くの種族は更に中原へと進みましたが、メトス族は大部分沿海地方に留まり、植民都市であったダフィネを中心に国を創ったのです。
しかし、初代のサンジェルマヌスさまはすぐに政権を投げ出され、放浪の旅へ出てしまわれました。
わたしが言うのも何ですが、息子もそっくりですのよ。
少しも家にジッとしておらず、あちらへフラリ、こちらへフラリ。
あら、失礼しました。
話を戻しますわ。
ともかく、数代はその直系のご子孫が継承されたのですが、初代以来権力への執着心が薄かったため、傍系のトラヌス家に、半ば強引に政権を奪われたのです。
特に当代のトラヌスさまは権勢欲が強く、他のメトス族を政権の中枢から、徹底的に排除しました。
わたしの夫は村役場の助役をしておりますが、正に直系の直系であったため、これまでも散々嫌がらせを受けておりましたのよ。
ですから、今回の騒動は、勘ぐればトラヌスさまが裏で糸を引いていらしゃるかもしれないのです。
あなたさまが息子のお知り合いならば、どうか、このことを息子に伝え、当分帰国しないように言ってくださいませんか?
聞き終えたクジュケは苦笑して「ご本人は喜ぶでしょうが」と応えたものの、すぐに首を傾げて小声で独り言ちた。
「まさかとは思うが、ドーラさまとトラヌスさまに密約でもあるのか? ふーむ。これはちと、厄介かもしれん」
「はい?」
「あ、いえ、こちらのことです。ともかく、ご子息にはその旨お伝えします。また、わたくしの方でも、独自にご主人を捜してみますよ」
「どうかお願いします」
ジェルマの母とクジュケの懸念は当たっていた。
攫われたメトス族は全員、トラヌス伯爵の館の地下にある牢に入れられていたのである。
鉄格子の前には数名の東方魔道師が立っており、その横にはトラヌス本人とドーラがいた。
「ふぉれで大人は全員じゃ。ふぁと、海外に出ているジェルマという小僧が一人ふぉるがの」
去年一気に前歯が抜けて、発音が不明瞭なトラヌスの言葉を顔を顰めて聞いていたドーラは、ハッとした顔になった。
「ジェルマ? つまり、あのサンジェルマヌスの子孫じゃな?」
トラヌスは、皺ばんだ顔を、不機嫌そうに歪めた。
「ふぁがはいとてサンジェルマヌスさまの子孫じゃぞ。まあ、直系ではないがの」
ドーラは横を向き、聞こえないぐらいの声で「傍系も傍系、殆ど普通の人間ではないかえ」と罵ったが、すぐに笑顔を作ってトラヌスに追従を述べた。
「おお、左様でございますとも。ところで、このような狭い牢にメトス族を入れて、大丈夫でございましょうか? ほれ、例の」
「わかってふぉる。潜時術を使える者なぞ、今の時代には一人しかふぉらぬ。ジェルマの父、ボルドニクス二世じゃが、たっぷりと消魔草の煮汁を飲ませてふぉるよ」
ドーラは小さく舌打ちした。
「阿呆め。それでは、消魔草の効果が切れるまで『識閾下の回廊』にも繋がれぬではないか」
「ん? 何か言うたか?」
「いえいえ、何でもありませぬ。で、あれば、この者たちの処置は閣下にお任せし、わたしはそのジェルマという子供を捜してみまする」
「ふぉうか。ならば、教えておこう。ジェルマは、カリオテ大公国の船で帰国途上と聞いてふぉる。ふぁが国に近づくその船は今、海上で足止めしているふぁず。が、用心した方がよいぞ。ジェルマは子供ながら、初代の再来と呼ばれてふぉるそうじゃ」
ドーラはニヤリと北叟笑んだ。
「おお、ならば、願ったり叶ったり。早速、海上へ飛びますぞえ」




