1381 ハルマゲドン(37)
白魔の傀儡となっている執事のサンテから、自分の孫の誘拐失敗と、聖剣の行方が判明したことを同時に聞かされた魔女ドーラは、「ちょっと待ちゃれ」と顔を顰めた。
「ちゃんとわかるように、順を追って説明しておくれでないかえ?」
白い平面の顔のままサンテは頷き、一通りの経緯を話した。
「ところが、おまえの孫娘に極小端末を破壊されてしまい、その後の状況がわからなくなったのだ。確認のため、修理中の機械兵を一台、現場に急行させた。すると、既に電磁障壁は消えており、建物は燃え尽きていた。焼け跡を捜索させたところ、バラバラになった遺体があり、念のためDNA鑑定してみたが、普通人男性二名のものしか見つからなかった」
「ふうむ。言葉の意味はよくわからぬが、要するにウルスラは逃げたのじゃな?」
「そういうことだ。逃げられたことは残念だが、聖剣が『識閾下の回廊』にあるのだろうとわれらが誘導尋問、おまえたちの言い方なら、カマをかけた際の孫娘の反応を見れば、ほぼ間違いはあるまい」
失敗したことを棚に上げ、自慢げな物言いをする相手に、ドーラは苛立った。
「ならば、何とかせぬか!」
切れ目のような口が、不満そうに曲がった。
「できるのなら、とっくにやっている。多数派が以前使った異次元通路は内側から塞がれており、われらの側から繋ぐ方法はないのだ」
「阿呆! なればこそ、ウルスラを逃がすべきではなかったのじゃ。うーむ、わたしも一度あれに繋がったことがあるが、それもすぐに封鎖されてしもうたしのう。ゾイアの身体におるウルスにしろ、陸軍大臣となったタロスにしろ、今更拉致しようにも、向こうも厳重に警戒しておるわい。ん? おお、そうじゃ!」
ドーラは、急に目を輝かせた。
「元はといえば、あれはサンジェルマヌスの爺の置き土産じゃった。つまり、長命族なら新たな通路を開ける、ということじゃな。良かろう。ここはわたし自らが沿海諸国へ飛び、メトス族の生き残りを取っ捕まえ、何としてでも『識閾下の回廊』へ入り込んでやるぞえ!」
「待ってくれ。そういう仕事なら、われらがやってやろう。おまえが不在の時に、この城に敵が攻め込んで来たらどうするのだ?」
ドーラは白い平面の顔をジロリと睨んだ。
「ふん。おぬしらの魂胆は見え透いておるわい。聖剣さえ手に入れば、わたしは用済み。約束なんぞ一方的に破棄してしまうつもりであろう?」
切れ目のような口が苦笑するように揺れた。
「随分信用がないのだな。まあ、それなら一人で行くがいい。しかし、われらにおまえの領土を護るような義理はないぞ。敵が来たら、サッサと逃げるだけだ」
ドーラの口も皮肉に歪んだ。
「ほう。それなら聖剣が手に入り次第、二度と目醒めぬよう、綺麗さっぱり中和してくりょう」
睨み合う両者の沈黙は、しかし、長くは続かなかった。
切れ目のような口がヘラヘラと笑い出し「冗談だよ、冗談」と先に折れたのである。
「できる限りの協力はする約束だからな。まあ、今回の失敗の償いという意味でも、おまえの留守を預かってやろう。だが、問題はこの見てくれだ。半分機械になった身体に、この白い平面の顔では、誰も言うことを聞くまい。それとも、髭面に鉄格子の口の方がマシかな?」
サンテの顔に戻り、死んだ魚のような目でドーラを見た。
が、ドーラは余裕を取り戻した笑顔で、「わかっておる」と告げると、フッと息を吹いた。
モヤモヤとした霧のような色彩の塊が次第に人型になって、ドーラの姿となった。
「わたしの幻影を残しておくさ。おお、いっそ、これを被っておれ。普通に喋れば、わたしの声になるよう調整してやろう」
ドーラが指先をスーッと動かすと、幻影がサンテの身体をスッポリと包み込んだ。
「おお。これは良いな。まるでおまえになったような気がするぞえ」
ドーラ本人も、満足そうに目を細めて自分の偽者を眺めた。
「上出来じゃ。念のため、配下の東方魔道師たちだけには本当のことを教え、おぬしを援護するように命じておく」
「そうしてくりゃれ」
ドーラは鼻で笑い、「では、任せたぞえ!」と告げると、その場から跳躍した。
残された偽ドーラは笑顔で手を振っていたが、本物が消えた途端忌々しそうに舌打ちした。
「くそっ。聖剣がわがものとならぬ限り、結局どうにもならぬわい。今に見ておれよ、魔女め!」
その頃、エオスの大公宮では本当に薬草茶を飲みながら、ウルス・ウルスラから交互に廃屋での出来事を聞いたクジュケたちも似たような結論に達した。
「両陛下の身の安全を確保させていただくのが第一ですが、タロス大臣の身辺にも警護の者をつけましょう」
クジュケの言葉を聞いて、ゲルヌ皇子が首を傾げた。
「何か抜けがある気がするのだが……」
すると、ギータがドーラと同じことに気づいた。
「それ以外に狙うとすれば、メトス族じゃろう。わしの知り合いのジェルマなどに知らせておこう。もうボチボチ、マオール帝国から戻っておる頃じゃろうで」
シャンロウが「おらが、行ってくるだあよ」と張り切ったところで、クジュケがピシリと告げた。
「いいえ。行くのは、わたくしです」
(作者註)
『識閾下の回廊』との関わりについて、ドーラは408 聖王奪還(22)の辺りを、ドゥルブの方は496 ミッテレ・インポシビリタス(20)の前後を、ご参照ください。




