1380 ハルマゲドン(36)
全身を炎に包まれ、自らの生命を奪った長剣を振り回しながら襲って来る、腐死者化した魔道師カール。
その剣先を避けるほどの武芸の心得はないウルスラは、咄嗟に短距離跳躍して、ンザビの背後に回った。
目標を見失ったンザビは、勢いのまま鏡台のような機械に剣を叩きつけていた。
その刹那、近くに雷が落ちたような轟音と共に、稲妻のような激しい光がンザビを包み、一瞬にして全身が真っ黒に焼け焦げた。
ブスブスと燻るンザビの残骸を見つめ、ウルスラは放心状態であった。
「……カールさん」
ンザビとなったカールが意図的に機械を破壊したのかどうか、今となっては知る由もない。
しかし、既に隣の部屋の炎がこちらにも燃え移って来ており、廃屋全体が焼け落ちるのは時間の問題であった。
ウルスラは炭のようになった遺体に頭を下げ、改めて「ありがとう、カールさん」と礼を述べると、その場からリープした。
一方、エオスの大公宮では、ウルスが閉じ込められていた場所の手懸かりとして、カールが言ったという『スカンポ河西岸の掘に囲まれた廃屋』を探すべく、統領クジュケが、急遽呼ばれたシャンロウと共に出発しようとしていた。
「わたくしが下流域上空から北へ向かって飛びますから、シャンロウは中流域から南に下ってください。あなたが先に発見したら、その場から伝書コウモリを飛ばすこと。決して一人で乗り込んではいけませんよ」
「わかってるだあよ。おら、攻撃の魔道は得意でねえずら」
会議に集まった面々のうち、その二人を見送るために残ったのはウルス・ゲルヌ・ギータの三名だけで、残る六名はそれぞれの担当する役目に沿って、各地に散っていた。
ウルスは猶も目を潤ませながら、「ぼくが行った方が早くない?」とクジュケに聞いた。
ウルスラと入れ替わってゾイアの身体に入っているウルスは、今ならリープも飛行もできるからだ。
が、クジュケが答える前に、横に立っているギータが窘めた。
「ウルスはずっと密室の中におったのじゃろう? ならば、条件としては同じじゃ。ここは二人に任せた方が良い」
「でも、カールさんが……」
これには、カールの主人であるゲルヌが「もうよいのだ」と慰めた。
「出発前、カールは別れを告げるような言葉を残して行った。それなりの覚悟を持って、自分の役目を全うしたのだ。わたしは寧ろ、カールを褒めてやりたい」
そう言いながらも、ゲルヌの目には光るものがあった。
親友の哀しみを目にして、遂に堪え切れずウルスは涙を零したが、突然、顔を上げて大きな声を出した。
「あっ、姉さんが!」
空の一点を指差しているものの、雲一つない青空しか見えない。
シャンロウが苦笑して「驚かさねえでくんろ」と言った、次の瞬間。
ポッと光る点が空中に現れ、みるみる防護殻が膨らんで弾け、中からウルスラが出て来た。
その場の全員から歓声が上がり、クジュケなどは「よくぞご無事で」とその場にへたり込んでしまったが、ウルスラ本人は暗い表情でゲルヌの前に降り立った。
「ごめんなさい。カールさんを助けてあげられなかった……」
悲しみがぶり返したのか、顔を覆って泣きじゃくるウルスラを、ゲルヌは優しく抱きしめた。
「ウルスにも言ったが、カールは本望だったと思う。辛いだろうが、最期の様子を聞かせてくれぬか」
ギータがそっと二人に近づき、「ともかく中に入ろう。ここでは目立つからのう」と気遣った。
バロード連合王国の女王と『神聖ガルマニア帝国』の皇子の抱擁は、見る者によっては政治的な意味合いを持ってしまうからである。
二人もギータの言った意味がわかり、パッと離れた。
尤も、ウルスラの弟であり、ゲルヌの親友でもあるウルスはすっかり嬉しくなったようで、笑顔で「中で薬草茶でも飲んで、ゆっくり話そうよ」と言ってしまい、姉から睨まれた。
が、ギータが穏やかに話を引き取って、「それが良いじゃろう」と賛成した。
「いずれにせよ、危機が去った訳ではあるまい。ウルスとウルスラの経験したことを、じっくり分析し、対策を立てねばならん。そうじゃな、クジュケどの?」
お株を奪われた格好のクジュケは、シャンロウの手を借りて漸く立ち上がり、「まさに仰るとおりです」と苦笑した。
同じ頃、遠く離れたガルマニア合州国のネオバロンの城では、明日には聖剣を手に入れることができそうだと上機嫌の魔女ドーラの部屋に、執事のサンテが「ご報告したいことがございます」とやって来た。
サンテの死んだ魚のような目では、良い知らせか悪い知らせかわからず、ドーラはやや警戒しながらも、「ほう。何ぞえ?」と訊いた。
と、サンテの顔が白い平面に変わり、切れ目のような口が開いた。
「すまぬ。おまえの孫娘に逃げられた」
「な、何じゃと! ん? 孫娘? おぬしが誘拐したのはウルスの方ではなかったのか?」
「まあ、色々あったのだ。それはそれとして、時空干渉機、つまり、聖剣の在り処は、わかったぞ」
「何っ! どこじゃ!」
「異次元通路、おまえらの云う『識閾下の回廊』の中だ」




