1379 ハルマゲドン(35)
ウルスラにとっては、わからないことだらけであった。
状況から見て、自分が弟のウルスと入れ替わったことは理解したものの、同じ密室にいる二人の男が何者なのか、瞬間的には敵味方すら区別がつかなかった。
従って、白い平面の顔の男の言うことも半分ぐらいは意味不明であり、その口から吐き出された金属片の危険性など、知る由もなかった。
それがわかっていれば、波動を打つなり、最低限でも顔を背けることぐらいはしたであろう。
が、ウルスラは唖然としたまま口を半開きにしており、金属片は真っ直ぐそこへ向かって飛んで来た。
と、チンという甲高い金属音が響き、金属片は向こう側の壁にぶつかって床に落ちた。
目の前にいた剣が刺さった魔道師が、その剣を自ら引き抜いて金属片を弾き返したとウルスラが理解した時には、魔道師の背中から噴き出すように血が溢れ、ドッと仰向けに倒れた。
その蒼白になった特徴のない顔を見て、ウルスラは悲鳴のような声を上げた。
「カールさん!」
駆け寄ろうとするウルスラに、カールは苦しそうに咳き込みながら、「わ、わたくしのことより、あの金属片にトドメを」と、自分の持っている血塗れの剣を差し出した。
ウルスラは一瞬も躊躇わず、「わかったわ!」と剣を受け取ると床に落ちた金属片のところへ走った。
それはまるで芋虫のようにクネクネと蠢きながら床を這っており、見失った自分の獲物を捜しているのか、時々首を持ち上げるような動きをしている。
ウルスラは長剣の刀身を床と平行に持ち、剣の腹で力任せに金属片を叩いた。
「グギュッ!」
生き物が死ぬ時のような声に驚き、ウルスラが剣を上げると、金属片は完全に潰れて動かなくなっていた。
ウルスラはその場に剣を捨て、カールのところへ戻った。
「やっつけたわ。ああ、でも、なんてことに……」
カールの顔は土気色になっており、返事もできないらしく、目を瞑ったまま辛うじて頷いた。
少しでも苦痛を和らげてやろうと、ウルスラはしゃがみ込んで手を翳し、創口のある胸を癒した。
少しずつカールの顔に赤みが差し、薄く目が開いた。
「おお……女王陛下……ご無事で……何より……でした」
「喋らないで。わたしが、すぐに霊癒族の隠れ里へ連れて行くから」
しかし、カールは小さく首を振った。
「血が……流れすぎました……わたくしはもう……助かりません」
「そんなことないわ! きっと治るから、ねえ、気を確り持って」
ウルスラの言葉とは裏腹に、その目からは今にも涙が零れ落ちそうになっている。
カールは微かに微笑んだ。
「良いのです……自分でも予感があり……ゲルヌさまには……お別れを……申し上げて来ました……それより……ウルスラさまに……最後の……お願いがございます」
ウルスラの目からは既に滂沱と涙が流れていた。
「最後なんて言わないで、何でも言ってちょうだい」
カールは苦しくなったのか、大きく息を吐いた。
「失礼しました……ここはスカンポ河の……西岸地区……つまり……旧辺境です……近くに腐死者は……いないようですが……瘴気は……濃いはず……わたくしと……そこに倒れている……ユーダという男を……今すぐ……焼いてください」
「嫌よ!」
激しく首を振るウルスラの視界の隅に、何か動くものが見えた。
反射的にそちらに顔を向けたウルスラは、おぞましいものを目にした。
恐らくは背骨が折れ、動けなくなっていたユーダが、ヨロヨロと立ち上がり、生身の人間にはあり得ない動きをしながら歩き始めたのである。
ウルスラは躊躇わなかった。
パッと立ち上がると唇に指を当て、全力で火を噴いた。
炎に包まれながらも更に前進して来るため、ウルスラは両方の掌を突き出して、激しく波動を打った。
ダーンと大きな音を立てて壁に激突し、ユーダの身体はバラバラに砕け、床や壁にも火が点いた。
ウルスラは大きく肩で息をすると、カールの傍に戻った。
が、目を閉じており、先程まであった頬の赤みも消えている。
その口が僅かに動いた。
「……もう……時間が……ありません……建物の……周囲には……特殊な……結界が張ってあり……そのままでは……跳躍できない……ようです……向こうの部屋に……何らかの……装置があると……思いますので……破壊して……ください……それでは……ゲルヌさまに……よろしく……」
口の動きが止まった、次の瞬間。
カールの目がカッと開き、ジロリとウルスラを見た。
ウルスラが慌てて飛び退った直後、カールはガバッと起き上がった。
カールの口が大きく開いて、獣のような咆哮を上げた時には、涙も枯れ果てたウルスラの口に、指が当てられていた。
「さよなら、カールさん」
カールの身体が炎に包まれた。
それ以上見るに忍びず、ウルスラは目を閉じて隣の部屋にリープした。
目を開けたウルスラは、このような場合ではあったが息を呑んだ。
化粧台ぐらいの大きさの、金属と硝子が複雑に絡んだものが置いてあり、チカチカと明滅している。
「これを焼くのは、とても無理ね」
その間にも、扉の隙間から煙がどんどん流れ込んで来ている。
周囲を見回したが、こちらの部屋には見事なほど何もない。
ウルスラが進退に窮していると、いきなり扉が開き、煙と炎と共に、片手に剣を握った燃えるンザビが入って来た。
「カールさん?」
が、ンザビは唸り声を上げながら、ウルスラに襲い掛かって来たのである。




