1378 ハルマゲドン(34)
その少し前。
エオスの大公宮の大会議室に、関係者十名が集まっていた。
四角いテーブル六台が大きな長方形を作るように並べられ、中央には一回り小さな長方形の空間ができている。
この建物の主ニノフと女王ウルスラを正面に、左側には、ゲルヌ皇子、統領クジュケ、情報軍将軍ロックの三名、右側には、大公補佐官ボロー、大公軍将軍ペテオ、東岸地区警備軍将軍ロレンゾの三名、そして手前側に、項垂れた新辺境伯アーロンと子供用の高椅子に座った情報屋ギータの二名である。
冒頭に改めてニノフが経緯を説明し、その後、ゲルヌから報告があった。
「つい先ほど、カールから伝書コウモリが来た。手懸かりを見つけたので急行する、とのことであった」
皆ホッとしたように表情を緩める中、ロックが鼻を鳴らした。
「なんでえ、おいらせっかく張り切ってたのにさ。あの地味な顔のおっさんに、手柄を独り占めされんのかあ」
隣にいるクジュケが、「これっ、口を謹みなさい」と窘めた。
と、伊達髭を捻りながら、ペテオが口を挟んだ。
「でもよ。カールさん一人に任せっきりで、いいのかな?」
それには、カールの主人であるゲルヌが答えた。
「心配には及ばぬ。カールの隠形は中原随一だ。かつてあの魔女ドーラにすら、気づかれなかったのだからな」
その名前を聞いて、ウルスラが「お祖母さまのことだけど」と表情を曇らせた。
「わたしが聖剣を渡す約束の日は、明日よ。今日中にウルスが無事に保護されなければ、わたしは、明日の朝一番にガルマニアへ行くつもりなの。勿論、すぐに聖剣を渡しはしない。できるだけ説得し、時間を引き延ばしてみるわ」
堪え切れなくなったのか、アーロンが嗚咽と共に「申し訳ございません」と詫びながら椅子から降り、床に両手を着いた。
「どのような処分でも甘んじてお受けいたします。死ねとおっしゃるなら、今この場で」
ハイチェアからポンと飛び降りたギータが、アーロンの背中を小さな手で摩りながら宥めた。
「誰もおぬしを責めはせん。そのような謝罪は、却ってウルスラを困らせるだけじゃぞ」
ウルスラも「ギータの言うとおりよ。アーロンさんのせいじゃないわ。今回の件は、寧ろウルスの」と慰めようとした、その時。
ビクンとウルスラの身体が痙攣し、椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。
何事かと皆が注目する中、ウルスラの顔が泣きそうに引き歪み、悲鳴のような声で絶叫した。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だああああああーっ!」
ポロポロと涙が零れ落ちるその目が、みるみる青く染まって行く。
完全にコバルトブルーの瞳に変わったところで、自身も同じ両性族であるニノフが、真っ先に気づいた。
「ウルス、なのか?」
泣きながらも「え?」と不思議そうに周囲を見回し、そこにゲルヌの顔を見つけると、更に大声で泣きじゃくった。
「ああ、ゲルヌ、ごめんね、カールさんが、カールさんが……」
ゲルヌの額に赤い第三の目が光った。
「落ち着け、ウルス! ちゃんと状況を話せ!」
「う、うん」
流れ落ちる涙を拭おうともせず、ウルスは途切れ途切れに拉致されて以来の出来事を説明した。
不明瞭なところは何度かゲルヌが聞き返したが、さすがにカールが剣で刺された件で絶句した。
暫しの沈黙の後、ギータがポーンとウルスの傍に跳んで来て、静かに尋ねた。
「辛いであろうが、大切なことなので敢えて聞く。ウルスラは今、どうしておる?」
涙は止まったものの、まだ悄然とした顔でウルスが答えた。
「ああ、そうなんだ。ぼくもいきなりのことでビックリしたんだけど、心のどこか奥の方でゾイアが眠っているのは感じるんだけど、姉さんの気配は全然ないんだ」
ギータの皺深い顔が、苦悶するように歪んだ。
「いかん! ウルスラが危険じゃ!」
床に手を着いて謝るアーロンを慰めようとしたウルスラは、不意に強い眩暈を感じた。
「……責任だわ。ああっ、ど、どうしたのかしら?」
眩暈が治まり、最初に目に飛び込んで来たのは信じ難い光景だった。
魔道師の服装をした男が目の前に立っており、その背中から血塗れの剣先が突き出しているのだ。
血は後から後から流れ落ちて、魔道師の足元に血溜まりができている。
「ええっ! どうしたの、これは……」
衝撃のあまりウルスラは現実感を喪失し、夢を見ているかのように茫然としていた。
周囲を見回すと、明り採りの高窓しかない密室で、剣が刺さった魔道師以外に壁際にもう一人、長い灰色の髪の男が倒れていたが、その顔は白い平面であった。
その平面に切れ目のような口があり、そこから「ほう」という声が聞こえた。
「これはこれは、ようこそ女王さま。これほどの距離を隔てているにも拘わらず、しかもわれらの張った電磁障壁をものともせず、一瞬にして人格交代が行われるとは。ああ、そうか。これぞ多数派の報告にあった異次元通路、所謂『識閾下の回廊』か。ふむ。すると時空干渉機、つまり聖剣もそこにあるのだな。おお、こうしてはおれぬ。この男の身体はもう動かぬから、直接女王を支配するしかあるまい」
切れ目のような口が何かを咀嚼するように動き、小さな金属片がニュッと出て来た。
その金属片はクネクネと蠢いており、切れ目のような口が一旦窄まると、ウルスラ目掛けてプッと吹き出された。




