1376 ハルマゲドン(32)
双王宮内の小会議室へ三人が移動するのと前後して、陸軍大臣タロスと秘書官シャンロウも戻って来た。
五人でテーブルを囲むと、早速統領クジュケが話を始めた。
まず、皆さんにご報告があります。
辺境でのドーラさまの動きを少しでも抑えるべく、わたくしはガルマニア合州国のヤーマン大統領に会って来ました。
一先ず両国間の和親条約を締結し、同時にウルスラ女王陛下がご懸念されていたプシュケー教団への禁教令問題を解決すべく、聖地シンガリアへも行きました。
新教主ヨルム猊下はなかなかの難物でしたが、同行してくださったファーンどののお口添えもあって、バロード・ガルマニア・プシュケー教団三者間での和親条約への道筋まではつけることができ、一旦ガルマニアへ戻りました。
その結果をヤーマン閣下へご報告した帰り、シャンロウが来たのです。
迂闊でした。
こちらがドーラさまを牽制しようとしているのと同じく、向こうもウルスラ陛下の足元を掬おうとすると、当然考えて置くべきでした。
これから調べますが、ウルスさまが拉致されたのは間違いないでしょう。
問題は、それがドーラさまの配下に拠るものなのか、白魔の代理人が関わっているのか、です。
ドーラさまの手の者であればまだ良いのですが、後者の場合、ウルスさまが何をされるのか、想像するだに怖ろしく、居ても立ってもいられないんだよ!
ふうっ。
失礼いたしました。
一番冷静にならなければいけない時に、取り乱してしまいました。
ともかく、わたくしはこの足でエオスへ飛び、女王陛下とニノフ殿下と共に、全力を挙げてウルスさまを救出する所存です。
そこで、皆さんに改めてお願いします。
どうか、このことが解決するまで国民に覚られないように、また、万が一にも秘密が漏洩した場合には国民が動揺しないように、国内の統制をお任せしたいのです。
真っ先に反論したのは、勿論ロックである。
「気にいらねえな。さっきラミアンにも言ったが、おいら情報軍将軍だぜ。なんでおいらにやらせてくれないんだよ」
クジュケは一度深呼吸し、自分を落ち着かせてから応えた。
「事は機密を要します。全てを隠密裏に行わなくては、ウルスさまのお生命に関わります」
ロックは鼻を鳴らした。
「それぐらいわかってるさ。おいらも、情報軍も、そのために毎日訓練を積んでるんだぜ。まあ、おいらは病み上がりだから、多少身体は鈍ってかもしれねえが、そこら辺のド素人よりは」
「わたくしがド素人とでも?」
キリキリと眉を吊り上げるクジュケを、タロスが「まあ、待て」と宥めた。
「おぬしが優秀な魔道師であることは、ロックもわかっているさ。但し、如何に優秀でも、一人の力には限りがある。何もかも自分一人で背負うのは、却って危険だぞ」
横のシャンロウも頷いた。
「んだよ。おらの国でも、凡人でも三人寄ればボサトゥバさまの千里眼と言うだあよ」
黙っていられなくなったのか、ラミアンが「ボサトゥバさまって、あの」と言いかけたところで、パンと手を鳴らして、クジュケが遮った。
「そのような戯れ言は、後になさい。今ウルスさまがどのような目に遭われているのかと思うと、わたくしは胸が潰れそうです。ともかく、タロス大臣のおっしゃることはわかりました。が、あまり大人数は駄目です。ロックどの、情報軍の精鋭数名に留めてください」
ロックはニヤリと笑った。
「いや、精鋭ってことなら、おいら一人で充分さ」
クジュケが度を失うほど心配しているウルスは、その頃退屈を持て余していた。
「ねえ、また少しお話ししませんか?」
首輪をつけて繋がれている寝台に腰掛け、脚をブラブラさせながら、白魔の手先となっているユーダに声をかけた。
が、ユーダの様子が変であった。
頭痛がするのか、椅子に座ったまま両手で頭を抱え、ブツブツと独り言を呟いている。
「……ああ、わかってるさ。こんなことは前にもあった。いないはずの人間の声が聞こえるってのはな。疲れてるんだよ。おれだって、もう若くはない。それなのに、外回りの仕事ばかり押し付けられてさ。頭がおかしくもなるよ。ああ、わかってるさ……」
「大丈夫、ユーダさん?」
心配したウルスの声かけに、ユーダは激昂して立ち上がった。
「うるさい! 朝から晩までくだらない質問ばかりして来やがって。やれ、肉体を離れて生活する上で不便なことはありますかとか、やれ、肉体に戻りたいと思ったことはありませんかとか。そんなこと、おれが知る訳」
プツンと声が途切れるのと同時に、ユーダの顔が白い平面に変わった。
「……すまない。この男の脳の劣化が意外に早かったようだ。このままでは、おまえに危害を加えるかもしれぬ。今おまえに死なれては困るから、この男は部屋から出すが、決して逃げようなどと思うなよ」
それに対するウルスの答えは驚くべきものであった。
「逃げないから、せめて何か本でも読ませてよ。退屈で死にそうなんだ」
白い平面の顔の切れ目のような口が、呆れたように歪んだ。
「立場を弁えろ。が、まあ、仕方ない。何か探して、持って来てやろう。くれぐれも言って置くが、逃げるんじゃないぞ」
「うん。じゃあ、頼んだよ」
白い顔のままユーダが部屋から出て行った後、ウルスが「どんな本かなあ。愉しみだなあ」と言うと、すぐ近くからフフッと笑い声が聞こえた。




