1375 ハルマゲドン(31)
バロード連合王国の王都バロン。
主のいない双王宮で、秘書官ラミアンは仕事も手につかない様子で、茫然と自分の執務用の机に座っていた。
そこへ騒がしい足音が近づいて来るのが聞こえ、部屋の扉がバーンと乱暴に開かれた。
「やいっ、ラミアン、なんでおいらに黙ってたんだ!」
目を三角にして怒鳴ったのは、最近情報軍将軍に昇格したロックであった。
が、ラミアンは何故相手が怒っているのかもわからぬようで、「はい? 何のことですか?」と間の抜けた返事をした。
それで一層腹が立ったのか、ロックはツカツカとラミアンに歩み寄ると、机越しに胸倉を掴んだ。
「決まってんだろう! ウルスのことだ!」
ラミアンのコバルトブルーの目が、零れ落ちそうに見開かれた。
「あっ、大きな声でそれを言っちゃ、駄目ですよ」
ロックは歯を喰い縛り、その隙間から押し出すように喋った。
「だったら、おいらが大声を出す前にちゃっちゃと言え。ウルスの居場所はまだわからねえのか?」
「ええ。でも、女王陛下からご連絡があって、こちらで何とかするから騒がぬようにと、あっ!」
ロックが力任せにラミアンを引き擦り上げたため、息ができずに顔が真っ赤になっている。
「ううっ、苦しい……」
と、突然ロックが手を離し、ラミアンはドスンと椅子の上に落ちてゼイゼイと喉を鳴らした。
「……こ、殺す気ですか!」
しかし、ロックは謝ろうともせず、腕組みをしてラミアンを睨みつけた。
「おいらを誰だと思ってる?」
「はあ? ロックさんでしょう?」
「そうじゃねえっ! おいらの仕事だ」
「情報軍将軍ですよ。あ、そうか、ロック閣下と呼んで欲しいってことですか?」
ロックは腕組みを解き、ダーンと机を叩いた。
「馬鹿にすんな! おいらは肩書なんかに拘るような小っちゃい男じゃねえ。何だったら、呼び捨てにしてくれてもちっとも構わねえ。おいらが言いたいのは、仕事の内容だ」
質問が具体的になったためか、ラミアンはすっかりいつもの饒舌さを取り戻した。
「ああ、わかりましたよ、ロック。情報軍とは、主に戦時下に於ける情報収集・命令伝達を任務とし、場合によっては後方攪乱や煽動によって敵の士気低下を図り、平時に於いては諜報活動によって未然に国家の危機を察知し」
早速呼び捨てにされて唖然とするうちに、どこまでもお喋りが続きそうなため、ロックは手を振って遮った。
「もういい。おいらが言いたいのは、その諜報活動ってやつさ。その責任者であるおいらに、今回の件について一言の連絡もねえってのは、どういうこった? こういう時こそ、情報軍の出番じゃねえのか?」
「そんなこと、ぼくに言われても」
不満そうに口を尖らせるラミアンに、ロックは捨て科白のように告げた。
「じゃあ、勝手にやらせてもらうぜ」
「それは困りますねえ、ロック将軍」
そう言ったのはラミアンではない。
ロックが振り返ると、部屋の入口付近に統領クジュケが浮身していた。
ラミアンは「ああ、良かったあ」と声を上げたが、クジュケはピシリと「ちっとも良くありません」と叱った。
「わたくしの留守中にもちゃんと双王宮が機能するようにおまえを残したのに、このザマは何です?」
「え?」
ピンと来ない顔のラミアンの代わりに、ロックが鼻を鳴らして割り込んだ。
「それは、おいらに知られちゃ困るって意味か?」
クジュケは態とらしく、溜め息を吐いた。
「そうではありません。逆です。こんな大騒ぎになる前に、ロックどのには伝えるべきだったのです。因みに、どうやって知ったのですか?」
ロックは肩を竦めた。
「この二三日タロスのおっさんの様子が変だから問い詰めたんだが、今シャンロウがおめえを呼び戻すためにガルマニアに捜しに行ってるから、戻るまで待ってくれの一点張りでさ。だが、それで大人しく引っ込むようなおいらじゃねえ。おっさんの近くに部下を張り込ませておいたんだ。タロスのおっさんは口は堅えが、行動を追わせるうちに頻繁に伝書コウモリでどこかとやり取りしてるのがわかったから、一匹取っ捕まえたのさ。ああ、手紙を読んだ後、ちゃんと元に戻して放してやったぜ」
クジュケは、今度は本当に大きく息を吐いた。
「そんなことだと思いました。結局、秘密が漏洩してしまったということです。ああ、別にタロス大臣を責めているのではありませんよ。かれの採った行動に、間違いはありません。対応を間違ったのはラミアンです」
「ぼくですか?」
驚いて聞き返すラミアンに、クジュケは珍しく舌打ちした。
「失礼。下品な音を立ててしまいました。それはともかく、第一報が入った時、慌てたシャンロウがタロス大臣に伝えると言った際、同時にロックどのにも知らせるよう指示すべきだったのです。事の重大性に気づいたタロスどのは、すぐにわたしを呼ぶようシャンロウに命じ、緘口令を布きました。その後、あなたに問い詰められたタロスどのは、さぞや困ったことでしょう。当然、あなたも知っているものと思っていたはずですから。しかし、かれの性分では、自分の命令を、真っ先に自分で破ることなどできなかったのです」
勝ち誇ったように「だよな」と笑うロックに、クジュケは苦言を呈した。
「それはそれとして、今日のあなたの行動は問題です。偶々わたくしが戻って来たからいいようなものの、そうでなければ、あなたは大声で国家機密を叫び回っていたことでしょうね」
「ふん。帰るなりお説教か。が、今はそれどころじゃねえぜ」
クジュケは苦渋の表情で、サラサラの銀髪をかき上げた。
「勿論です。すぐに対策会議を開きます。タロスどのもシャンロウも追っつけ戻って来ます。二人も小会議室に集合してください」




