1372 ハルマゲドン(28)
ウルスからの手紙を前に、ウルスラ・ゲルヌ・ニノフの三人は緊張に包まれていた。
が、手紙自体には直接的な危険性はないとゾイアの身体が判定したことを受け、漸くウルスラが手紙を手に取った。
「開けるわよ」
やや震える声で宣言すると、ウルスラの指が一本スーッと伸びてペーパーナイフのように変形し、封を切った。
中から便箋を取り出し、一度唾を飲んでから「読むわね」と告げた。
姉さん、ごめんなさい。
こんなことになるなんて、思ってなかったんだよ。
ああ、アーロンさんには何の責任もないことだから、責めないでね。
ぼくは今、どこかわからない場所に閉じ込められている。
首輪を付けられているけど、それ以外にはまだ何もされていない。
食べ物や飲み物もちゃんと与えられているし、暴力を振るわれてもいないよ。
でも、常に監視されていて、逃げることはできない。
監視しているのは、新辺境伯領の監督官でユーダという人だけど、この人も犠牲者なんだ。
白魔に何かされて、操り人形になってる。
そうだよ。
ぼくを誘拐したのは、ドゥルブなんだ。
ドゥルブから、姉さん宛に手紙を書くように命令されたんだ。
勿論、最初は嫌だと断ったんだけど、新辺境伯領の住民を一人ずつ攫って来て、目の前で殺すぞと言われた。
少々自分が拷問されても我慢しようと思っていたけど、罪もない人々が殺されるのは耐えられない。
諦めて、手紙を書くことにしたんだ。
ドゥルブの要求は一つだけ。
七日後に姉さんがガルマニアへ行って、お祖母さまに聖剣を渡すこと。
何故七日後なのかは、教えてくれない。
それまでぼくは返さないし、もし、こっそり救け出そうとしたりしたら、すぐに殺すって。
ぼく自身は殺されても仕方ないけど、この身体は姉さんのものでもあるから、逆らえないんだ。
本当にごめんよ。
読み終えたウルスラはフーッと大きく息を吐いた。
「何てこと……」
兄弟であるニノフも沈痛な表情で、言葉も出ないようだ。
と、ずっと首を傾げていたゲルヌが、ウルスラに尋ねた。
「ドゥルブに関わることで、七日後に何がある?」
「え?」
聞き返すウルスラの代わりに、喉から抑揚のない声が答えた。
「……北方地帯で再凍結させた非位相病素感染者、通称腐死者の自然解凍が始まります」
ウルスラは唇を噛んだ。
「それが狙いなのね。じゃあ、その日までにもう一度、ガチガチに凍らせてやるわ!」
ゲルヌが考えながら首を振った。
「いや。それは止めた方がいい。向うも当然罠を仕掛けているだろうし、たとえ上手く行ったとしても、代わりにウルスが殺されるだけだ」
「じゃあ、あなたはドゥルブの命令どおりにしろとでも言うの!」
感情を昂らせるウルスラを、ニノフが兄としての口調で宥めた。
「まあ、落ち着け、ウルスラ。ともかく、ウルスが無事であることはわかったし、ドゥルブとお祖母さまが同盟関係にあることもこれでハッキリしたじゃないか」
「それと、もう一つ」
そう言ったのはゲルヌである。
「ドゥルブが態々ウルスに手紙を書かせたことで、わかったことがある」
「何よ!」
つっけんどんに訊くウルスラに、ゲルヌは穏やかに答えた。
「ドゥルブは、ウルスとゾイアの身体の『識閾下の回廊』がまだ繋がっていることを知らないか、忘れている、ということさ」
ウルスラもハッとしたように、態度を改めた。
「でも、以前ほど完全な状態じゃないのよ。特に、わたしの人格がこちらに移ってからは、接触を試みてもいないし」
「ならば、いざという時まで接触しないことだ。これは想像だが、ウルスもそれに気づき、敢えて言われるがままに手紙を書いたのだと思う。しかも、聖剣は『識閾下の回廊』の中にあるのだろう?」
「ああ、そうね。それに気づかれたらお終いだわ。でも、変ね。以前、ドゥルブと『識閾下の回廊』の中で対決したこともあったのに、何故気がつかないのかしら?」
それにはニノフが答えた。
「ドゥルブ自体に何かあったのは間違いないだろう。抑々不倶戴天の敵であるはずのお祖母さまと手を組むこと自体がおかしな話だ」
ゲルヌも頷いた。
「そうだな。根本的には例の救援艦隊の接近が原因だろうが、それだけでなく、今まで非人間的な価値観で動いていたドゥルブが、急に人間臭くなったような気がする」
三人とも、ドゥルブ内部の虚無主義から覇権主義への政権交代までは知らなかったが、以前と対応が違うことは実感していたのである。
「わかったわ。ともかく、『識閾下の回廊』に意識を向けないように注意するとして、この七日の間にわたしがやるべきことは何?」
先程まで反撥していたことを忘れたように尋ねるウルスラに、ゲルヌは気づかぬフリで答えた。
「まず、例のンザビに効く薬というのを、もっと大量に造ってくれ。それを、スカンポ河東岸地域に備蓄させ、万が一に備える。勿論、保存方法はゾイアの身体に指示してもらう。その間に、絶対に相手にバレないように注意しつつ、密かにウルスを救出するんだ」
「えっ、そんな方法あるの?」
ゲルヌは薄く微笑んだ。
「あの男に頼むしかないよ」




