1371 ハルマゲドン(27)
ウルスラがまだエオス領内に残っているかどうかわからなかったため、アーロンからの知らせは二手に分かれ、バロード方面へも向かった。
エオスの大公宮と距離的には然程変わらないのだが、道路が広く整備されている分だけ王都バロンの双王宮への到着の方が僅かに早かった。
尤も、女王ウルスラは勿論、統領クジュケもまだガルマニアから戻っておらず、残っているのは秘書官のラミアンぐらいであった。
君臣を超えた親友と言っていいウルスが行方不明になったと聞き、ラミアンは茫然自失の状態となった。
「秘書官どの、ウルスラ女王陛下はまだエオスにいらっしゃるのですね?」
アーロンの使者に問われても、魂が抜けたような声で「はい」と答えるのが精一杯であった。
使者はやや苛立ったように、切り口上で告げた。
「エオスへも追っつけ別の者が到着いたします故、わたくしはこの足で商人の都サイカへ参ります。そこに居る情報屋ギータなる人物が裏社会の動静などに詳しいそうですので、そちらからも調べてもらうようにとの、わが主アーロンの指示でございますので」
「あ、お願いします」
やっとそれだけ言うと、ラミアンはポロポロと涙を流し始めた。
使者は呆れたように見ていたが、軽く首をふると「それでは、御免」と頭を下げて出て行った。
独り取り残されたラミアンの涙は止まらず、次第に嗚咽となり、子供のように声を上げて泣き出した。
「どうしたんだべ、ラミアンさん?」
窓から入って来るなり聞いたのは、もう一人の秘書官シャンロウであった。
「おお、聞いてください。実はさっき、アーロンさまの使者が来られ……」
涙ながらに経緯を語るラミアンを、シャンロウは途中で遮った。
「しっ! そったらことを大きな声で言うでねえ!」
「え?」
涙も止まり、キョトンとするラミアンに、シャンロウは軽く舌打ちをして、声を潜めて告げた。
「王さまが行方不明なんてことが外に漏れたら、どうすべ? 国中てんやわんやの大騒動になるだあよ。この対応は、極々内密に進めねばなんねえ。取り敢えずタロス大臣には知らせるだども、それ以上には広まらねえよう、ラミアンさんは普通にしててけろ」
「普通になんて、できません」
また涙ぐむラミアンを、珍しくシャンロウが叱りつけた。
「たとえ胸が張り裂けそうでも、動揺を他人に見せちゃなんねえ! それが秘書官たる者の務めだべ!」
「うん」
子供のように頷くラミアンを心配そうに見ながらも、シャンロウは「泣きたいのは、おらの方だあよ」と吐息混じりに呟くと、また窓から飛んで行った。
一方、エオスの大公宮では、赤目族の内紛を鎮めて戻って来たゲルヌ皇子も加わって、ニノフとウルスラの兄妹と三人で張り出し露台に集まり、今後の策戦を話し合っているところであった。
そこへ血相を変えた大公補佐官のボローが駆け込んで来て、アーロンからの知らせを伝えた。
「そんな!」
絶句するウルスラに、すかさずゲルヌが忠告した。
「何があったかは、まだわからぬ。ともかく、一刻も早く正確な情報を掴むことだ。必要なら、わたしが現地へ飛ぼう」
ゲルヌの言いたいことは、ウルスラはここを動くなということであろう。
それを察したニノフが「お願いします、殿下」と頭を下げ、報告した後その場に控えているボローに向き直った。
「事は重大だ。使者は別室で休んでいただき、他の者と接触させないようにしてくれ。迂闊な噂が広まらぬようにな」
「わかった」
黒鬚のボローと入れ違いに、体重がその半分ぐらいの伊達髭のペテオがやって来た。
当然アーロンからの使者の件は知らぬため、暢気に鼻歌を唄っている。
「おっ。お歴々がお揃いですな。まあ、差し障りはねえか。ウルスラ女王さま宛に、手紙が来てますぜ」
「誰からだ!」
怒鳴るように訊いたのはニノフである。
驚いたペテオは、懐から手紙を出して確認した。
「へえ。弟君のウルスさまからですが、それが何か?」
ニノフがまた大きな声を出す前に、スッとウルスラが立ち上がり、「ありがとう」と手紙を受け取った。
「申し訳ないけど、部屋で読むことにするわ。ついでに薬草茶でも飲まない、お兄さま、ゲルヌ?」
平静を装っているが、顔は蒼褪めている。
すぐにゲルヌが「おお、いいな。そうしよう」と立ち上がり、先に立って歩き出した。
その後にウルスラが続き、最後に残ったニノフが小声でペテオに告げた。
「詳しいことはボローに聞け。但し、絶対に騒ぐな。よいな?」
さすがに只事でないことがわかったのか、ペテオは黙って頷くとゆっくり歩み去った。
ニノフもさりげなく左右を確認し、あまり急ぎ足にならぬよう、先に行った二人のいる部屋に静かに入ると、中から鍵を掛けた。
小さな丸テーブルの上に封を切らないままの手紙が載せられており、ウルスラもゲルヌも座って待っている。
ニノフも空いている席に座り、ウルスラに尋ねた。
「ウルス陛下の字ですか?」
ウルスラは気丈に答えた。
「ええ。間違いないわ。でも、開ける前に確かめないと」
「確かめる?」
「中に危険なものが入っているかもしれないから。お願いするわ」
最後の言葉は自分に向けてのものだった。
ウルスラの喉から、抑揚のない声が響いた。
「……了解した」
同じ場所から、細い緑色の光線が発射され、手紙をなぞるように前後左右に何度か往復した。
「……直接的な危険はないが、非位相者、おまえたちの云う白魔の痕跡がある」
三人に沈黙が落ちた。




