1369 ハルマゲドン(25)
何か起死回生の策はないかと問うドーラに、サンテを伝声管代わりに使っている白魔は、あると答えた。
「ほう。あるなら聞かせてくりゃれ」
ドーラに促され、白い平面の顔の切れ目のような口が、饒舌に説明した。
実のところ、われらの集合意識本体の機能は、現在二十七パーセントまでしか回復していない。
おまえにわかり易く謂えば、三割弱だ。
何とか三割の壁を越えようと努力はしているが、捗々しくはない。
まあ、それも当然で、本来なら五百年間は休眠状態になっているはずだからな。
おお、そうだよ。
おまえの孫がしくじった訳ではない。
われらとて、何度も同じ轍を踏まぬよう、今回は事前に準備したのさ。
われらが居る宇宙船は、超光速駆動機が大破して動けないのだが、観測用の無人探査機の幾つかは、修理可能な状態だった。
え?
わからない?
そうか。
うーむ、ならば、大型の伝書コウモリのようなものと思ってくれ。
それに、われらの集合意識の断片を搭載し、この惑星の衛星軌道に乗せた。
まあ、平たく言えば、上空をグルグルと巡回させていたのだよ。
その後、時機をみて順次軟着陸させたが、大半は失敗し、燃え尽きてしまった。
修理はしたものの、部品は純正品ではなかったからな。
はあ?
話が回りくどい?
ああ、すまん。
ともかく、地上に無事に辿り着いた後、集合意識本体の再稼働にまで漕ぎ着けたのは、僅か二機であった。
その二機が多数派の虚無主義と、われら少数派の覇権主義であったのは、運命の皮肉というものだな。
何だって?
ああ、わかったよ。
もう少し端折って話すよ。
そうして再稼働を始めたのと並行して、船内の工作機械で造った掘削機で北方の地面に穴を開け、いざという場合の避難所の建設を始めた。
ところが、これはすぐに頓挫した。
何故なら、あの付近は、地上は氷の世界なのに、地面の下には煮え滾る岩漿がある。
つまり、ドロドロの溶岩の溜まり場になっているのだ。
尤も、最近になってその利用法を思いつき、北極の海水を地下へ流し込み、北方の地面を下から温めるのに使っているよ。
何のためかって?
人工実存、つまりゾイアに凍らされた非位相病素感染者、おまえたちの云う腐死者を融かすためさ。
これは上手く行くと思っていたのだが、ゾイアの身体に乗ったおまえの孫娘が飛来して、また凍結させてしまった。
これ以上地下に熱水を導入すれば地面が崩落し、せっかくのンザビも埋もれてしまうから、徐々に融けるのを待つしかないのだが、そうする間に、またおまえの孫娘が凍らせに来るだろう。
これでは限りがない。
わかってる、わかってる。
ここからが本題だ。
敵の弱みを衝くのが軍略の基本だが、おまえの孫娘も、腹違いの庶兄が率いる軍勢も、なかなか手強く、弱点が見えぬ。
ところが、おまえにはもう一人、孫がいるではないか。
そうだ。
畑仕事には熱心だが、争い事は好まない気弱な弟が。
われらも以前は油断して、この軟弱な弟に中和されてしまったのだが、今は時空干渉機、即ち聖剣も使えず、勝気な姉とも切り離されている。
攻めるなら、ここしかないだろう。
弟が危機的状況に陥れば、勝気な姉も援けに行かざるを得ない。
われらはその隙にンザビを解凍し、河底の忌々しい甲殻類を全滅させ、ンザビの大群を中原に送り込んでやるのさ。
どうだ、面白かろう?
切れ目のような口の口角を耳元まで上げて笑う白い顔を見ながら、ドーラも目をギラつかせた。
「成程のう。わたしもウルスラやニノフの動きにばかり気を取られ、ウルスのことは忘れておったわい。よかろう。その案に乗った。じゃが、わたしが動けば、向こうに気づかれるやもしれぬ。おぬしらに任せてもよいかの?」
白い平面の顔のまま、サンテは頷いた。
「いいとも。但し、場合によっては、軟弱な弟を殺すことになるかもしれぬが、それでもよいか?」
さすがにドーラも一瞬顔を顰めたが、何かを吹っ切るように強い口調で答えた。
「構わぬ。好きにするがいい」
その頃、何も知らぬウルスは、スカンポ河下流域の新辺境伯領で充実した日々を送っていた。
「姉さんには悪いけど、これはこれで大切な仕事だもんね」
自分に言い訳するように独り言ちながら、図面のようなものを熱心に見ている。
そこへヒョロリと痩せた中年の男が近づいて来た。
灰色の長い髪と同じ灰色の無精髭をだらしなく伸ばした男で、瞳の色も薄い灰色であった。
「陛下、そろそろ灌漑用の水路の方へご案内いたしましょうか?」
ウルスのコバルトブルーの目がパッと輝いた。
「うわあ、愉しみだなあ。ユーダさんが案内してくれるの?」
「はい。施設を見学してくださる皆さまをご案内するのも、監督官たるわたしの務めですから。馬をご用意しておりますので、どうぞこちらへ」
近くに繋いであった二頭の馬に乗ると、二人は河と並行に南下した。
馬を並足で進めながら、ユーダという男がウルスに説明している。
「スカンポ河から直接水が引ければ簡単なのですが、ザリガニの食べ残したンザビの残滓が混入する虞があるため、浄水場で何日もかけて不純物を沈殿させ、上澄みだけを水路に流すようにしています」
「あ、じゃあ、先に浄水場を見せてよ」
ユーダは首を振った。
「残念ですが、それはできません。ンザビの残滓もそうですが、時々おかしなものが流れて来ますので」
「おかしなもの?」
「ええ。小さな金属片のようなものですが、クネクネと蠢いていたのです」
「へえ。何だろう? ちょっと見てみたいな」
「申し訳ありませんが、既に処分いたしました」
「捨てたの?」
「いいえ、違います」
何がおかしいのか、ユーダは急に笑い出した。
「わたしが呑み込みました」




