1368 ハルマゲドン(24)
久しぶりに会った妻オーネから、いつ皇后にしてくれるのかと聞かれたコロクスは、慌てて左右を見回した。
「これっ、声が大きいだぎゃ。誰かに聞かれてもうたら、だちかんでよ」
囁くように告げるコロクスに、オーネは普通の声で返した。
「そう? 別にいいんじゃないの。どうせ諜報活動を担当する『杜の番』だって、あなたの配下なんでしょう?」
コロクスは狒々のような顔を顰めた。
「それとこれは別問題だで。いざとなりゃあ、わしより大将に付く者もおるでよ。それに、おみゃあを皇后にするのは、まだまだ先の話だがや」
が、オーネは美しい眉を上げて、意地悪く聞いた。
「じゃあ、いつ頃?」
コロクスは溜め息を吐き、弁解するように説明した。
いつという約束は、まだできにゃあ。
何故なら、今は国内がまだ固まっとりゃあせんでよ。
特に気ぃつけにゃあならんのんは、魔女ドーラだで。
ヤーマンの大将は今、あの手この手でドーラを追い込もうとしちょる。
そのためにゃあ、バロードやプシュケー教団とさえも手を結ぼうちゅうところまで、肚を括っちょるんじゃ。
まあ、一時的な便法で、用が済みゃあ、はいさよなら、だがの。
ほんで、ドーラの婆さんが片付いたら、次は元皇帝のゲーリッヒだぎゃ。
こりゃ簡単じゃろ。
そして、最後に白頭巾のハリスを潰し、大将が皇帝になる、ちゅう段取りじゃが、そこでわしが大将を始末して皇帝の位を奪い取るつもりだで。
おみゃあを皇后にするのんは、その後だがや。
話を聞く間中、コロクスのよく動く分厚い唇を無表情に見ていたオーネは、それが止まった途端、呟くように告げた。
「逆よ」
「逆? どういう意味かや?」
本当にわからないらしいコロクスに、オーネは気負う風もなく、普通の口調で告白した。
「ドーラと協力して、ヤーマンを倒すことにしたわ」
コロクスはすぐには言葉も出ないらしく、空気が薄いかのようにパクパクと口を開け閉めしていたが、徐々に細かく身体を震わせ始めた。
「ま、まさか、ドーラと……」
オーネは、口をちょっと尖らせ、開き直ったように答えた。
「ええ、そうよ。もう約束したの。ドーラが念のため書面が欲しいというから、署名したものを渡したわ。控えも取ってあるから、よければ見てちょうだい」
コロクスは幼い子供のように何度も首を横に振り、「嘘だぎゃ。嘘だぎゃ。嘘だぎゃ……」と力なく繰り返した。
オーネはスッと立ち上がると、手文庫の中から文字の書かれた羊皮紙を取り出し、コロクスに差し出した。
「これよ。同じものをドーラも持ってるわ。もし、裏切ったら、ヤーマンに見せるって」
それを見ようともせず、半ベソのような顔でコロクスは尋ねた。
「なんでこげなことをしたんじゃ?」
オーネは鼻を鳴らし、声を荒らげた。
「決まってるじゃない! もうこれ以上待てないからよ! あんたの言うとおりにしてたら、皇后になる頃にはわたしはお婆さんよ!」
「だからっちゅうて、こげなことが大将にバレたら、おみゃあもわしも打ち首だで」
オーネは自分の顔を、コロクスの泣きっ面にくっ付きそうなほど近づけると、奥歯を噛みしめながら、一語一語吐き出すように告げた。
「そうなる前に、こっちから、やっつけるのよ!」
「無理だぎゃあ」
「無理じゃ、ないっ!」
「死にたくにゃあ」
「だったら、ヤーマンを殺せばいいわ!」
言いざま、オーネはコロクスの胸をドンと突いた。
それだけでヨロヨロとその場に座り込んだコロクスを見下ろし、オーネは駄目を押した。
「さあ、覚悟を決めてちょうだい。もう後戻りはできないのよ」
コロクスは年甲斐もなくポロポロと涙を零していたが、しゃくり上げるように頷いた。
「是非もにゃあ。事ここに至っては、やるしかにゃあでよ。段取りは改めて、わしがドーラと話すだぎゃ」
オーネは満足そうに微笑んだ。
「あら、そう。それではお任せしますわ。あ、な、た」
一方、その密約の相手であるドーラは自分の城に戻っており、不機嫌そのものの顔で葡萄酒を呷っていた。
「益体もない。もう少しでタンファンに言霊縛りを掛けられたものを。あの猿が自ら出張って来るとは思わなんだ。これはうかうかしておれぬぞえ」
「お代わりをお持ちいたしましょうか?」
そう声を掛けて来た執事のサンテの髭面を、ドーラはジロリと睨んだ。
「持って来るのはよいが、またおかしなものを混入させておったら、その腐った脳味噌ごと、首を捻じ切ってやるぞえ」
以前、サンテが持って来た杯の中に、人間の脳を支配する極小端末が入っていたのだ。
言われたサンテは死んだ魚のような目を細め、笑顔らしきものを作ったが、鉄格子状の口は動かないため一層醜悪な表情になった。
「いえいえ、そのようなこと、二度といたしませぬ」
「ふん。されてたまるかえ。ところで、おまえのご主人さまはどうしておる?」
「わたくしのご主人さまは、ドーラさまでございます」
「面倒じゃのう。白魔はどうしておるのじゃ?」
と、サンテの顔が白い平面に替わり、切れ目のような口が開いた。
「電磁障壁を張って、おまえの孫が操縦する人工実存が引っ掛かるのを待っていたが、さすがに気づいて逃げられたよ」
「阿呆! 暢気に構えておる場合か。敵は着々と迫っておるのじゃぞ。何か起死回生の策戦はないのかえ?」
切れ目の口が、笑顔の形になった。
「おお、あるぞ」




