1367 ハルマゲドン(23)
プシュケー教団との宥和へ政策転換してもよいというヤーマンに、ファーンは囚われた仲間の解放を期待したが、返事はつれないものだった。
「うんにゃ、それはできにゃあでよ」
「何故です?」
聞いたのはファーンではなく、ヤーマンの横に浮いているクジュケであった。
クジュケとしても、プシュケー教団との仲を取り持つ以上、あからさまな敵対行為をされては、纏まる話も纏まらなくなってしまう。
が、ヤーマンは厳しい表情を崩さず、理由を説明した。
問題は、バスティル騎士団とかいう連中のことだぎゃ。
単なるプシュケー教徒なら解放してもええが、あの連中は反政府組織でにゃあか。
これを咎めずに自由にさせちゃあ、国が保たんでよ。
ああ、わかっちょる。
鍛冶屋の親爺は巻き込まれただけじゃろう。
それでも、首謀者の肉親であることには変わりはにゃあ。
まあ、この親爺だけは、打ち首は勘弁してもええが、騎士団の連中はそうはいかにゃあで。
おお、そげに怖い顔でわしを睨まにゃあでちょう。
美人だけに余計におっとろしいだぎゃ。
わしとて、あんまりえげつにゃあことはしとうにゃあが、これでも国を預かっちょる身じゃからのう。
但し、処刑は暫く待ってもええ。
その代わり、わしがドーラの婆さんと戦争になったら、牢から出して最前線で戦ってもらう。
その結果わしが勝てたら、罪を免じてやろう。
どうだぎゃ、ええ考えじゃろう?
言われたファーンよりも、横で聞いているクジュケの方が苦々しい顔をしている。
が、ファーンは、寧ろ晴れ晴れとした表情になった。
「わかった。要はドーラに勝てばいいのだな? ならば、ミハエルたちが前線に出る際には、わたしが率いて行こう。それで良いか?」
クジュケがハッとした顔で「いや、それはまだ」と止めようとしたが、ファーンは笑って首を振った。
「心配召さるな、クジュケどの。教団に迷惑は掛けぬ。今言ったことは、あくまでも個人としてのこと。軍事同盟を結ぶつもりはないし、そのような権限もない」
恐らくヤーマンとしては、バロードも含めて、一気に三者間の軍事同盟締結まで持って行きたかったのだろうが、ここは無理をしなかった。
「まあ、ええじゃろ。そういうことで手を打ってやるだぎゃ。が、軍事同盟までは行かにゃあでも、プシュケー教団との間でも、バロードと同じ程度の和親条約ぐりゃあは取り纏めてちょうよ」
最後の念押しは、ファーンとクジュケ両方を見ながらのものであった。
クジュケは黙って頷いたが、ファーンは言質を取ることを忘れなかった。
「これから聖地シンガリアへ戻り、ヨルム猊下を説得するが、わたしが戻るまでは、合州国内の禁教令を一時執行停止にしてくれ」
ヤーマンは惚けた顔で肩を竦めて見せた。
「当然だがや。交渉中は取り締まりは止めさせるだで。しかし、不調に終わりゃあ、今以上に厳しくする。それでええかや?」
「仕方あるまい。そうならぬよう、精一杯やってみる」
次の瞬間には、ファーンを縛っていた縄がハラリと解けた。
そのまま跳躍しようとするファーンに、クジュケが苦笑混じりで声を掛けた。
「どうせなら、わたくしもご一緒しましょう。こう見えても、外交の専門家なので」
防護殻に包まれた状態で頷くと、ファーンの姿はその場から消えた。
クジュケは吐息すると、改めてヤーマンに向き直った。
「言わでものことですが、ドーラさまがこのまま大人しくしているとは思えません。どうか充分にお気をつけください」
すると、ヤーマンは惚れ惚れするような笑顔を見せた。
「わしゃあ田舎者で、見てくれもご覧のとおりじゃが、一つだけ他人に負けにゃあもんがある。そりゃあ、運の強さだぎゃ。わしの心配はええから、何とかしてシンガリアの蛇男を説得してちょ」
ヤーマンに気を呑まれたのか、クジュケは「はっ。畏まりました」と臣下のような挨拶をしつつリープした。
笑顔で見送っていたヤーマンの顔が、スーッと真顔に戻ると、傍に控えていた禁教隊に怒声を飛ばした。
「聞こえちょったじゃろう! 当分の間、おみゃあたちの出番はにゃあ! じゃが、そう長えことじゃあにゃあで! 腕が鈍らんよう、切磋琢磨しちょけ!」
「ははーっ!」
赤毛の大男を始め、皆一斉に平伏した。
ヤーマンの位置からは見えないが、面を伏せた全員が安堵の表情であった。
御祓い箱にならずに済んだと思ったのであろう。
ヤーマンは小声で独り言ちた。
「世間じゃわしを喰わせ者のように言うじゃろうが、居所を失くした人間は必ず寝返るちゅうことだで。こりゃあ、わしの気遣いだぎゃ。まあ、逆に、居所を奪った者もおるがの」
その居所を奪われた一人であるはずのオーネは、そのままかつての皇后宮に居座っている。
そこへ、久しぶりに現在の夫であるコロクスが帰って来た。
「おお、留守ばっかりにしちょって、すまんかったのう。偶々ヤーマンの大将がこっちゃへ来る用事があるちゅうで、わしも付いて来てもうた。二三日はゆっくりしてもええと言われとるでよう、喜んでちょうよ」
狒々のような顔一杯に愛想笑いを浮かべるコロクスを、オーネは冷たい目で見返すと、ズケリと訊いた。
「いつ、わたしを皇后にしてくれるの?」




