1365 ハルマゲドン(21)
自分の言うことを聞いてくれれば合州国内の禁教令を解除してやろうというドーラの提案に、ファーンは警戒心を露わにした。
「それを信じろとでも言うのか?」
ドーラは肩を竦めて見せた。
「別に信じろとは言わぬ。が、このままではガルマニア領内のプシュケー教徒が大変な目に遭うことだけは間違いあるまい?」
ファーンは憤然と言い返した。
「そうならぬよう、わたしが何とかする!」
ドーラは鼻で笑った。
「まあ、おぬし一人の力でどうにかできると言うなら、やってみるがよいわさ。おお、そうじゃ、一応教えておいてやろうかの。鍛冶屋の親爺は巻き添えになって気の毒じゃが、見せしめのため、バスティル騎士団とかいう連中と一緒に、明日の朝には斬首されるらしいぞえ」
「ならば、今日中に救い出すまでだ!」
ドーラは狡そうに笑った。
「これこれ、声が大きい。ふふん。おぬしの力を持ってすれば、それぐらいは容易いことかもしれぬな。じゃが、その結果どうなると思う? プシュケー教徒への弾圧は一段と加速し、少しでもその疑いがあれば捕らえられ、激しい拷問によって自白を強いられる。そして、苦痛に耐えかねて自白すれば、処刑されるのじゃ。ヤーマンは密告を奨励しておるから、自分の気に入らない相手を密告して陥れようとする者も出て来るぞえ。そうなったら、一般国民の憎しみはヤーマンではなく、プシュケー教団に向かうかもしれんのう」
怒りで顔色を変えたファーンは、何か言い返そうとしたものの、グッと口を噤んだ。
それを見たドーラは、嘲笑うように告げた。
「隠さずともわかっておる。そうならぬよう、わが孫娘にヤーマンとの仲介を頼んだらしいの。おぬしも変わったものよ。権謀術数の申し子のようであったおぬしが、他人の善意に縋るとはのう。じゃが、相手は一枚上手であったようじゃぞ。どういうことか、知りたいじゃろう?」
ファーンは何も答えず、ドーラを睨んでいる。
ドーラはお道化たように震えて見せた。
「そう怖い顔をするな。夢に見そうじゃ。心配せずとも、この情報は本題前の手土産にしようと思っていた故、無条件で教えてやろう。先日バロードの統領クジュケがヤーマンと密談した。内容までは探れなんだが、その後、コロクスが和親条約の準備を始めたから、何を話し合ったかは明らかじゃ。つまり、バロードはプシュケー教団ではなく、ガルマニア合州国と手を結ぶつもりぞえ」
「嘘だ!」
嘘ではなかった。
但し、ウルスラがファーンとの約束をキチンとクジュケに伝える前に白魔の脅威が迫ったため、ドーラの暗躍を抑えてもらうことを優先せざるを得なかったのである。
が、勿論そんな裏の事情は、ドーラは噯気にも出さなかった。
「嘘だと思うなら、鍛冶屋たちを救けた後にでも、調べてみればよいわさ。じゃが、事実は事実。そこで、改めてわたしから提案がある」
ファーンは黙って横を向いたが、その表情は暗かった。
「まあ、そのまま聞いてくりゃれ。ヤーマンがおる限り、この国でプシュケー教徒が生きて行くのは難しかろう。あやつの本音は、ゲール帝時代のような強いガルマニアの復活ぞえ。禁教はそのための手段じゃ。合州国などというお為ごかしは、急場凌ぎの絵空事にすぎぬ。よって、ヤーマンを失脚させぬ限り、この国のプシュケー教徒に未来はない。どうじゃ、わたしと共にヤーマンを倒そうではないか?」
ファーンは改めてドーラに向き直った。
「言いたいことはそれだけか。この国でどんなにえげつない権力争いをしようが勝手だが、わが兄弟姉妹を巻き込むのはやめろ。おまえのような魔女と手を組まずとも、必ず、皆を護って見せる」
ドーラは態とらしく拍手した。
「おお、その意気じゃ。ところで、これは言わでものことかもしれぬが、今のところヤーマンの配下には魔道師が殆どおらぬ。わたしのところから連絡要員として数名の東方魔道師を出向させておるだけじゃ。が、愈々密告が本格化すれば、その裏を取るために全面的に協力せよとの要請があった。その手始めに、鍛冶屋たちの入っている牢屋に十名ほど配置してあるぞえ」
「脅しても無駄だ。禁教隊のことは知らなかったではないか」
「皮肉を言うたのさ。軍事補佐官のわたしに一言の相談もなく、勝手に決められて、面白い訳がなかろう。ヤーマンは最早大統領ではのうて、独裁者ぞえ。人民の敵じゃ。しかも、憎き孫娘と手を結んでわたしを亡き者にしようと画策しておる。これを放置すればどうなるか、わかるであろう? さあ、共に戦おうぞ!」
煽り立てるように言い募るドーラに、ファーンは冷たく言い放った。
「言葉だけで信じろと言われても、それは無理だ。おまえには散々騙されたからな。わたしは、ウルスラ女王を信じている。また、クジュケどのも信じている。もし、一時的にヤーマンと協力したとしても、最終的には約束を守ってくれるはずだ」
ドーラの顔に、一瞬凶悪な表情が浮かんだが、すぐに無表情になった。
「そうかえ。では、仕方あるまい。今の言葉を一生後悔するがいい。まあ、生命があったら、じゃが」
そう言いながら、ドーラは懐から小さな黒い球を取り出した。




