1364 ハルマゲドン(20)
騎兵十三騎に囲まれたファーンは「抵抗はせぬ」と告げると、腰に差していた剣を鞘ごと外し、相手に見えるようゆっくり地面に落としてから、両手を挙げた。
その表情には余裕すらあり、冷たい微笑を浮かべている。
「心配なら、わたしを縛ってくれてもよい。その代わり教えてくれ。この家に住んでいた鍛冶屋のガブリエルと、その弟ミハエルを捜している。おぬしたち、何か知らぬか?」
すると、この集団を統率しているらしい、中央の厳つい赤毛の大男が下卑た笑顔になった。
「語るに落ちたな。やはりおまえもバスティル騎士団の一味か。で、あれば、問答無用。直ちに引っ立てて、仲間と同じ牢にブチ込んでやろう。者ども、この女を取り押さえろ!」
騎兵のうち数名がバラバラと馬を下り、ファーンを取り巻いて縄を掛け、後ろ手に縛り上げた。
兵士たちの表情は硬く、皆ファーンを怖れているようにも見える。
宣言どおりファーンは一切抵抗せず、されるがままになっていたが、予め用意してあったらしい囚人護送用の馬車を見て、唇を皮肉に歪め「ほう」と声を上げた。
「随分と手回しがいいな。荷台にちゃんと鉄格子の檻が載せてある。まるで猛獣扱いだな」
赤毛の大男が苛立った声で兵士たちに「さっさと乗せろ!」と命じた。
兵士たちは、ファーンを檻に入らせて錠前を掛けると、その上に厚手の布を被せ、外から見えないようにした。
が、閉じ込められたファーンは薄く笑っている。
「わたしが剣の使い手であることは知っているようだが、魔道を使うことまでは知らぬようだな。と、いうことは、ロッシュの近衛師団の残党か、またはその関係者というところか。いずれにせよ、このままガブリエルとミハエルの居場所まで連れて行ってくれるだろう」
軽く目を閉じて馬車に揺られていると、急に外が騒がしくなった。
「何者だ!」
大きな声で叫んでいるのは、あの赤毛の大男のようだった。
それに対する返答を聞いて、ファーンの切れ長の目がカッと開いた。
「こう見えても、わたしはヤーマン閣下の補佐官ぞえ。おぬしたちが捕らえた囚人にちょっと話があるのじゃ。心配せんでもすぐに済む。その間、おぬしらは小便でもして待っておれ」
その、人を小馬鹿にしたような惚けた物言いは、間違いなく魔女ドーラのものだ。
が、意外にも赤毛の大男は怯まなかった。
「駄目だ! われらは筆頭補佐官コロクスさま直属の禁教隊であるぞ! しかも、ここはコロクスさま支配下のコロネ州だ! おまえが何さまであろうが指図は受けぬ!」
激昂するかと思われたドーラは、薄気味悪いほど遜った返事をした。
「おお、これは大変にご無礼をいたしましたぞえ。どうか、コロクスさまにはご内聞に願いまする。わたしもこの歳じゃで、物忘れが酷うての。禁教隊とやらのことは覚えておりませなんだ」
大男の声が嘲笑うようなものに変わった。
「おまえが呆けた訳ではないさ。内々で進められていた禁教隊の発足が決まったのは、昨日のことだ。官邸から合州国内への通達は、ちょうど今頃回っておろう。われらにとっても、これが初仕事なのだ」
「左様でございましたか。ならば、わたしも急ぎネオバロンの城に戻って確認せねば。それでは、コロクスさまには、くれぐれも良しなに」
「ああ、わかっている。役目とはいえ、おれも少し言い過ぎたかもしれん。達者でな、婆さん」
さすがにムッとしたのかドーラの返事はなく、大男が笑うと、兵士たちの追従するような笑い声だけが聞こえた。
すぐに馬車は動き出したが、布に覆われた檻の中にポッと光る点が現れ、帰ったはずのドーラが姿を見せた。
やや地味な色調の長衣を身に纏い、婆さんと呼ばれるほどではないにしても、いつもの美熟女の顔に窶れが見える。
大きく息を吐くと、不機嫌そうに下唇を突き出し、声を低めて溢した。
「最初からこうすべきじゃったのう。阿呆に虚仮にされるほど腹が立つことはないぞえ。が、今はそんなことはどうでもよいわさ。おぬしに話があって来たのじゃ、タンファン」
ファーンは肩を竦め、小声で応じた。
「その名は捨てたと言ったろう。わたしを救けてくれるのかと思うたが、違うようだな」
「ふん。いつでも逃げられるくせに。まあ、おぬしの目的はわかっておる。囚われた仲間の消息を知るために、自ら罠に掛かったのであろう。それを邪魔立てするつもりはない。わたしが話したいのは別件じゃ」
「別件?」
「ああ。おぬしは今、プシュケー教団の幹部であろう?」
ファーンの目が細められ、警戒するような表情になった。
「幹部という訳ではない。どちらかと云えば、教団にとっては厄介者だろう。わたしを利用して教団に取り入ろうとしても無駄だぞ」
ドーラは態とらしく苦笑した。
「謙遜も過ぎれば嫌味になるぞえ。新教主のヨルムという妖蛇族とは、いい仲なんじゃろう?」
ファーンは縛られたままガバッと立ち上がり、ドーラを睨みつけた。
「下衆の勘繰りも大概にせよ!」
ドーラは指を口に当てて「しっ!」と窘めた。
「声が大きいわい。一応、簡易的に結界は張ってあるが、外に声が漏れて騒ぎになれば、困るのはおぬしぞえ。まあ、今のは戯言じゃ。聞き流してくりゃれ。が、おぬしが幹部でないとしても、一定程度の発言力はあろう。口利きを頼みたいのじゃ」
「それなら、直接兄弟子に、いや、猊下に言ってくれ」
ドーラは鼻を鳴らした。
「あの仔蛇は堅苦しくて融通が利かぬ。じゃから、危険を冒しておぬしに声を掛けたのじゃぞ」
ドーラがグッと顔を寄せて来たため、ファーンは横を向いた。
「どうせ碌な話ではあるまい」
ドーラは囁くような声で告げた。
「いやいや、こんな良い話は滅多にないぞえ。わたしの言うとおりにしてくれれば、合州国でのプシュケー教団への禁教令が解除されるようにしてやろう」
「何だと?」




