1360 ハルマゲドン(16)
クジュケがガルマニアで交渉を進めている頃、ウルスラは結晶の森の上空を偵察飛行していた。
結晶に覆われた樹々に、ゾイアが凍結させた腐死者が鈴生りになっている。
「物凄い数ね。何体ぐらいいるのかしら?」
特に質問の意図はなかったろうが、喉から抑揚のない声が答えた。
「……観測可能な範囲内に、四千八百三十二体います。いずれも完全に活動を停止しておりますが、凍結時に比べて徐々に温度が上昇しつつあり、五日後には活動を再開するでしょう」
「ええっ、どうしたらいいの?」
「……再び冷気を噴霧すれば、多少は先延ばしできます。今すぐ開始しますか?」
「お願い、やってちょうだい!」
「……了解!」
ウルスラの口から白い息が噴き出し、森の上空を旋回しながら何度も往復した。
やがて白い息が止まり、抑揚のない声が「……活動再開が十一日後に延長されました」と報告した。
「たったそれだけ?」
驚くウルスラに、珍しく少し不満そうに抑揚のない声が説明した。
「……以前凍結した時にはなかった熱源があるのです。恐らく地下でしょう。非位相者の造った機械が稼働していると思われます」
ウルスラは首を傾げた。
「そうなの? ねえ、他に誰もいないから改めて聞くけど、ウルスの中和は失敗だったのかしら?」
「……いいえ。記録を解析しましたが、前の四回と比較しても、中和の効果に遜色はありませんでした。但し、今回は事前に何らかの対策をとっていたのでしょう。例えば、集合意識の一部を切り離して遠隔地に避難させ、中和終了後に帰還させて本体の再稼働をさせるとか。反主流派が外へ出ていたのも、その一環と思われます」
ウルスの責任ではないと知ってややホッとしながらも、ウルスラは表情を引き締めた。
「それで、本体は完全に目醒めたの?」
「……いいえ。直接観測できないので推測値ですが、稼働率二十七パーセント程度です」
「うーん、それって多分三割弱ってことよね。わたしが言うのも変だけど、どうして完全に復活しないの?」
「……それこそ中和の効果です。以前女王が行われた一時停止は、活動性を同じように抑制するものの、効果は一年程度しか持続しません。中和は本来、五百年間は活動を数パーセント以内に抑え込めるのです。それが、この短期間でここまで復活することが異常なのです」
「わかったわ。ということは、わたしが再度中和しても、同じように短期間で復活する可能性があるってことね?」
「……恐らくは。ですが、抑々再度の中和が可能かどうかもわかりません。例の救援艦隊が来た時に中和されていれば、復活する前に除去されるはず。そうならぬよう、万全の備えをしていると思われます」
「そう。じゃあ、迂闊に近づけないわね。この位置から何かわかる?」
「……緑色の極光のように見えているのは電磁障壁です。不用意にあの光と接触すれば当機は制御不能となり、墜落します。よって、これ以上の接近は危険です」
「わかったわ。もう日も暮れるし、一旦戻りましょう」
一方、ハリスの城を飛び出した魔女ドーラは、意外な場所に居た。
旧皇后宮を改装した呪術師コロクスの城である。
尤も、主のコロクスはいない。
筆頭補佐官として、パシントン特別区の官邸にずっと詰めている。
城に居るのは、一旦は国家転覆罪に問われたものの、赦免されたオーネである。
罪が赦された代わりに離縁されて皇后ではなくなり、更に臣下のコロクスのところへ降嫁させられた。
周囲の者はさぞや気落ちするだろうと予想したが、案に相違して本人は平然としていた。
いや、それどころか、夫となったコロクスを顎で使い、以前にも増して贅沢な暮らしをしているらしい。
面会を求めたドーラに対しても、謁見の間に通して、自分は一段高い席で迎えた。
その服装は華美を極め、昂然と胸を反らして、ドーラを見下すように告げた。
「今更わらわに会いたいとは、どういう了見じゃ。が、申しておくが、わらわは皇后でこそなくなったが、筆頭補佐官コロクスの妻ぞ。謂わば、おまえの上役。無礼なもの言いをせぬよう、心して申せ」
ドーラは如才なく笑顔で応えた。
「いえいえ、わたしのオーネさまへの尊崇の念は変わっておりませぬぞえ。不幸な成り行きではございましたが、あれは全てシャドフとロッシュが企んだこと。いずれはヤーマン閣下の勘気も解けましょう」
が、オーネは美しい顔を顰めて吐き捨てた。
「あんな猿、もう何とも思うておらぬ! 皇后の地位にも未練などないわ!」
ドーラはニヤリと笑った。
「おお、これは失礼いたしました。じゃが、皇后への復帰はあり得ますぞ。ご亭主さまが皇帝になられれば、自然にオーネさまは皇后陛下に復帰、いえ、今度こそ本当に本物になられますぞえ」
「しっ! とんでもない妄言を申すな!」
言葉こそ叱責であるが、その頬は緩んでいる。
ヤーマンは大統領であるため、その妻は本来皇后ではない。
第一夫人などの名称を提案されたが、本人がどうしても皇后でなければ妻にならないとゴネたため、ヤーマンが折れて皇后ということになったのである。
もし、コロクスが皇帝となるようなことがあれば、自動的にオーネは皇后となる。
しかしそれは、紛れもない謀叛の誘いであった。
ドーラもそこまで念を押すことはせず、サラリと流した。
「すみませぬ。少し冗談がすぎましたぞえ。どうか、お忘れくだされ」
そう言いながらも、ドーラとオーネの目は空中で絡み合って、暫くは解けなかった。




