1359 ハルマゲドン(15)
バロード連合王国統領のクジュケは、魔女ドーラの動きを牽制すべくガルマニアのハリスに会いに行ったが、そこへ突如ドーラ本人が現れた。
「おお、誰か先客がおると聞いたが、まさかおぬしとは驚いたぞえ。何じゃ、コソコソと魔道師の姿で来おって。怪しいのう。なんぞわたしには聞かせられぬ話かえ?」
嘲笑うようなドーラの言葉に、クジュケは瞬時に開き直った。
「別にわたくしの方は大っぴらにしても構わぬのですが、それではドーラさまがお困りになられるであろうと気遣って、こうして忍んで参ったのでございます」
笑顔のまま、ドーラの片方の眉がピクリと上がった。
「ほう? わたしの心配かえ? おぬしに気にしてもらわずとも、後ろめたいことなぞないぞえ」
クジュケは態とらしく溜め息を吐いた。
それでは言わせていただきましょう。
かつてどのような経緯があったにせよ、ドーラさまの今のお立場はガルマニア合州国の一自治州の州総督にすぎません。
外交も軍事も、大統領ヤーマン閣下のご諒承が必要なはず。
にも拘らず、先般は勝手に『神聖ガルマニア帝国』即ちエイサと一戦を交え、今またわが国にちょっかいを掛けようとなさっておられまする。
わたくしといたしましては、ヤーマン閣下に直訴する前に、友誼のあるハリスどのにお口添えいただき、なるべく穏便に済ませたいと思っておったのです。
それを敢えて事を荒立てようとなさるのは、既にしてヤーマン閣下を蔑ろにしておる証拠。
いえ、これはもう謀叛の兆しと見られても、致し方ありますまい。
幸い、ここには証人としてハリスどのもおられます。
謀叛を起こし、ヤーマン閣下・ハリスどの・ゲーリッヒさまの連合軍と戦い、ガルマニア全土を掌中に収める自信がお有りなら、お止めはいたしませぬ。
が、そうでないのなら、他国に干渉などせず、ご自分の果たすべきお役目に専念なさっては如何でしょうか?
途中から笑顔を強張らせて聞いていたドーラの背後には、いつの間にか、ハリスと同じ白頭巾を被ったガーコ族たちが、多数の衛兵を従えて待機していた。
徒ならぬ雰囲気を察し、自分たちの主人を護るために駆けつけたのだろう。
そちらへチラリと視線を走らせたドーラは、惚けた顔で肩を竦めた。
「何か誤解しておるようじゃの。わたしほどヤーマン閣下に厚い忠誠心を持っておる臣下はおらぬぞえ。謀叛など、チラリと頭に浮かんだこともないわさ。エイサに兵を出したのは脱走兵を連れ戻すためじゃったと閣下にご説明し、納得していただいておる。ま、多少やりすぎたところもあって、減俸はされたがの。バロードに関しては、何と言うてもわたしと兄が創った国。未熟な孫たちの様子が気になって覗いたまでのことさね。疚しいことなど、欠片もないぞえ。それとも、謀叛の証拠でもあるのかえ、クジュケ?」
強弁もいいところであるが、本来聖王家の最上席に当たるドーラにこうまで言われては、クジュケとしては引き下がるしかない。
「いえ。わたくしの誤解であれば重畳。これで心置きなく、本来の役目ができまする」
「本来の役目?」
まだ何かあるのかと嫌な顔をするドーラに、クジュケは笑顔で答えた。
「わたくしの本来の役目は外交にございます。ヤーマン閣下にお目通りを願い、両陛下がご婚礼に招かれたことへの御礼と、今後の両国の友好関係構築のため、和親条約の締結をお願い申し上げたいと存じます。ハリスどの、どうか良しなにお取り計らいのほど、宜しくお願い申し上げまする」
ハリスは頷きながら「喜んで」と応えた。
もう一度恭しく頭を下げるクジュケの銀髪を、憎々しげに睨んでいたドーラはプイッと横を向いた。
「それならそれで良い。精々諂って、ヤーマンの、あ、いや、閣下のご機嫌をとるがいいわさ。おお、急に用事を思い出した。失礼するぞえ」
ドーラが慌ただしく帰って行った後、ガーコ族の者がハリスに、「尾行、いたし、ますか?」と尋ねた。
ハリスは白頭巾の頭を振った。
「必要ない。行先は、わかって、いる。ヤーマンの、ところだ。クジュケどのより、先に会って、バロードの、悪口を、言うつもりだ。放って、おけ。それより」
ハリスはクジュケに向き直った。
「これで、あなたは、目的を、達したと、思うが、やはり、ヤーマンに、会われるか?」
クジュケはニヤリと笑った。
「ドーラさまをガルマニアに引き留めておく、という目的に関しては仰るとおり大成功です。咄嗟のことでしたが、わたくしの発言に対してハリスどのが黙っていてくだすったことで、ドーラさまは下話ができていると勝手に想像してくれたようです。それでも、ヤーマン閣下には直接会ってお話ししとうございます。わたくしの見たところ、話せばわかるお方だと思いますので」
「正に。苛烈であった、ゲール帝。無知であった、ゲルカッツェ帝。無謀であった、ゲーリッヒ帝。暴虐であった、元首リンドル。悪辣であった、マインドルフ一世。愚かであった、アライン一世。そうした、歴代の、皇帝たちと比べ、ヤーマンは、遥かに、マシです。少なくとも、物事を、ちゃんと、わかって、います」
「有難い。ならば、是非ともお取次ぎをお願いいたします」




