1357 ハルマゲドン(13)
一気にエイサの地下の大空洞に跳躍したゲルヌ皇子は、あり得ない光景を目撃することになった。
眼下に広がる地下神殿の神域内で、神官の着るような長衣を身に纏った赤目族が二手に分かれ、大声を上げて互いを罵りあっていたのである。
「不信心者め! 魔道神の御心が信じられぬのか!」
「黙れ! 数千年に亘って信じて仕えて来たわれらに、バルルが何を報いてくれたというのだ! かつてアルゴドラスに弾圧されて地下に追いやられた際にも何のご加護もなく、われらは陽の光の下では暮らせぬ身体となったのだぞ! 先の第一発言者プライムさまは見殺しにされ、その前のズールさまは生きながら融かされたそうではないか! 最早信ずるに能わず!」
「違う! 真の信仰とは、見返りを求めるものではない! おまえたちの言うのはご利益信仰だ! 断っておくが、プライムさまは自ら殉教されたのだ! ズールさまについては、異端に走ったために神罰が下ったと聞いている! おまえたちもそうなりたいのか!」
ゲルヌの見たところ、バルル擁護派、懐疑派、ほぼ同じ人数のようで、勢力は拮抗している。
双方の感情が昂って来ており、このままでは暴力沙汰に発展するのは時間の問題であろう。
ゲルヌの額に赤い第三の目が明滅した。
「……そうか。ゲルニアには抑え切れなかったのか。いや、詫びるべきはわたしの方だ。バルルの宣託を受けながら、気が急くあまり、おまえにもキチンとした説明をせぬままに飛び出してしまったからな。今はどこに居る? ほう。バルルが本殿に匿ってくれたのか。わかった。一先ず皆を宥めてから、わたしもそちらへ行く」
ゲルヌは一旦言葉を切ると、改めて下で騒ぐ赤目族たちの真上に移動した。
額の第三の目が明滅を止め、強い光を放ち始めたため、赤目族たちも、一人また一人とゲルヌの存在に気づいた。
「おお、み使いだ!」
「ゲルヌさまが戻って来られた!」
擁護派が概ね歓迎の態度である一方、懐疑派は反撥した。
「いや、どうせバルルの操り人形だぞ!」
「騙されるな!」
ゲルヌは努めて平静な声で、双方に呼び掛けた。
どうか落ち着いて聞いて欲しい。
バルルのご宣託については、まだ皆に伝えるべき時期ではないと思っていたが、事態は切迫している。
既に北方では、白魔復活の兆しが現れた。
このままでは、この世界は滅びるやもしれぬ。
今は仲間内で争っているような場合ではない。
これだけは皆にわかってもらいたいのだが、バルルは常にわれらのお味方だ。
間もなく星界からお迎えが来られるのは事実だが、ドゥルブを倒さぬ限り、帰られるおつもりはないと伺った。
それが成功した後、バルルが星界に昇華なさるのなら、われらとしては寧ろ喜ぶべきことではないか。
善悪の最終決戦に見事勝利し、神も人も共に次の段階へと上昇すれば良い。
が、今は先ず何よりもこの世界を救うことが喫緊の重大事だ。
そのためには、われらも総力を結集し、跳梁跋扈する邪知暴虐のドゥルブと戦うのだ。
皆の者、備えはよいか!
ゲルヌの鼓舞に、争っていた双方から応ずる声が上がったが、残念ながら全員一致とまでは行かなかった。
ゲルヌは小声で「まあ、仕方あるまい」と呟くと、改めて声を張った。
「ありがとう! わたしはこれより本殿に参詣し、第一発言者ゲルニアと共に祈りを奉げる。皆は静かに日常の務めに戻ってくれ」
赤目族たちが三々五々解散するのを確認してから、ゲルヌは浮身したまま本殿へ向かった。
本殿に近づくと巨大な扉が左右に開き、ゲルヌが通り抜けるとサッと閉まった。
このような場合であったがゲルヌは苦笑して、「やれやれ。まるで駆け込みだな」と自嘲した。
伽藍とした本殿内部には既に柔らかな橙色の照明が灯っており、その広い床の中心にポツンとゲルニアが立っていた。
バルルの白い影は見えない。
ゲルヌはゲルニアのすぐ傍に降り立った。
「大丈夫か、ゲルニア?」
赤い目を潤ませたゲルニアは、頭を下げながら「申し訳ございません」と謝った。
「わたくしの力不足でかような仕儀となり、バルルにもご迷惑をおかけしました。どのような処罰も謹んでお受けいたします」
ゲルヌはフッと吐息した。
「先程も申したとおり、責めはわたしにある。罰せられるならわたしだろう」
と、どこからともなく「いや、われらの責任だ」との声がして、いつの間にか二人の近くに白い影が立っていた。
「われらの読みが甘かったのだ。部の民の未来予測に、こんなに早く結果が出るとは思っていなかった。すまぬ。が、今となっては誰の罪かと問うのは無意味だ。今後の対応を考えねば。おお、そうだ。おまえの演説は聞いていたよ。われらを弁護してくれてありがとう。それに、われらが帰るのではなく、一段階上に昇華するという考え方は良いな。われらも、プシュケーの如く、本来の神になれるかもしれん」
白い影の切れ目のような口から出る冗談めかした言葉を、敬虔な信者であるゲルニアは悲しげな顔で聞いている。
それに気づいたゲルヌは、慰めるように告げた。
「バルルの仰るように、われらの信仰もこれから昇華すれば良いではないか。今はともかく、この世界を救うことを第一に考えてくれ」
ゲルニアは泣き笑いのような顔で頷いた。




