1356 ハルマゲドン(12)
魔女ドーラに敵対するばかりの話の流れに、孫であるウルスラは感情的に反撥した。
「そんな言い方をしないでよ。ねえ、何かお祖母さまを味方にする方法はないの?」
すると、黙り込む三人の代わりに、ウルスラの喉から出る抑揚のない声が答えた。
「……至近距離であれば、反社会性人格の治療は可能です。但し、本来の人格まで変えることは倫理規定上、許されません」
統領クジュケが、「おお、確かに」と愁眉を開いた。
「ラミアンの兄の件は、いただいたお手紙で読みました。あれほど劇的ではないとしても、僅かでも善悪の均衡が善の側に傾くなら、やってみる価値はあるでしょうね。陛下に『識閾下の回廊』から聖剣を取り出していただき、その気配を察して近づいて来るドーラさまを治療してもらうんです」
が、最初にドーラの暗殺を口にしたゲルヌ皇子は首を振った。
「危険すぎる。聖剣を奪われれば元も子もない。もし、治療とやらが多少なりとも効果があるならば、その隙にドーラを殺るべきだ」
ウルスラが顔色を変えた。
「なんて酷いこと言うの!」
今度はゲルヌも黙ってはいなかった。
「肉親の情で判断を誤るな。人間全ての生命と自由が懸かっているのだぞ。ドーラを始末した上で、白魔を中和するのが最も安全な方法だ。犠牲も一人で済む」
睨み合う二人の間に、この部屋の主であるニノフが割って入った。
場合が場合だけに、言葉遣いもやや乱暴なものになっている。
「まあ、待て。こういう時こそ冷静にならねばならん。一度腐死者になった人間は、元には戻らないのだぞ。どちらも危険な存在であるにせよ、少なくともお祖母さまを殺すよりドゥルブを中和することを優先すべきだ。もし、その過程で聖剣が奪われたなら、その時こそお祖母さまに治療を施せばいいのではないか? お祖母さまとて、確実に聖剣を手に入れるつもりなら、中和によってウルスラが人事不省となった時を狙うだろう。勿論、その前に聖剣を奪われぬよう、われらも全力を尽くさねばならんが」
猶もドーラ暗殺に固執するかと思われたゲルヌだったが、その時額に赤い第三の目が明滅すると、フーッと大きく吐息した。
「こんな時にすまない。赤目族たちに情報が漏れて騒ぎになっているらしい。魔道神が自分たちを見捨てて星界に帰ると噂になっているそうだ。ゲルニアが宥めているが、わたしに一度戻って欲しいと言って来ている。わたしが行かねば、古代神殿が破壊される虞があると。そうなった場合、例の救援艦隊が逆にわれらの敵になるやもしれぬ。それだけは避けねばならん。すぐに戻るから、一旦エイサに帰らせてくれ」
苦渋の表情で頭を下げるゲルヌに、真っ先にウルスラが声を掛けた。
「ここはわたしたちに任せて、早く行ってちょうだい。バルルに万一のことがあれば、ドゥルブを中和できても無意味になってしまうわ。中和した後、その救援艦隊に完全に処理をしてもらわないと、五百年後にはまた復活してしまうのだから。ああ、誤解しないでね。あなたを追い出そうとしているんじゃないのよ。わたしも覚悟を決めたわ。どうしてもそれが必要な時には躊躇わず、おば、いいえ、ドーラを抹殺します」
蒼白な顔で宣言したウルスラに、ゲルヌは黙って頷き、この場からは跳躍できないため、鉛の壁で囲まれた部屋を出て行った。
ニノフは最早完全に兄としての口調で、ウルスラに念を押した。
「それで良いのか?」
「ええ。最悪の場合には。でも、最後まで望みは捨てないわ」
第三者であるクジュケが遠慮がちに口を挟んだ。
「いずれにせよ、聖剣を出すのは、ギリギリの段階になってからです。それまでは、わたくしができるだけ情報を集めましょう」
ウルスラは首を傾げた。
「でも、あのコウモリがお祖母さまの策略とすると、ドゥルブの実際の動きは、極光だけよ。と、いうことは、北の大海を調べなきゃ。だったら、わたしが行くわ」
クジュケが焦って「あ、では、わたくしもご一緒に」と言いかけるのを、ニノフが遮った。
「いや、却って足手纏いになる。ウルスラ一人なら、いざとなれば逃げることも、その場で決着をつけることもできる。冷たいようだが、任せるしかない。それで良いな、ウルスラ?」
ウルスラも硬い表情で頷いた。
「ええ。わたしに任せて。ああ、でも、決して無理はしないわ。取り敢えず情報を得るのが目的だから」
ニノフも険しい顔つきで、クジュケに頼んだ。
「ウルスラが偵察に行っている間、おれたちも厳重な警戒態勢をとるが、なるべくお祖母さまの注意を逸らしてくれぬか。方法はおまえに一任する」
クジュケは、ポンと手を打った。
「それならば、わたくしは直ちにガルマニアにリープいたします。ヤーマン大統領に直接会えればよいですが、無理ならハリスどのに依頼して、ドーラさまに揺さ振りをかけてもらいます」
「おお、そうしてくれ。おれはスカンポ河の下流域へ軍を動かし、そちらへ注意を惹きつけてみる。ウルスラはすぐに出発するのか?」
「ええ。でも、何か情報が掴めたら、明日にでも一旦戻るわ」
ニノフは珍しく昂った声で告げた。
「よし。では、始めよう!」




