1355 ハルマゲドン(11)
執事のサンテが用意した葡萄酒に、クネクネ蠢く怪しげな金属片が混入していたことを指摘したドーラは、更に言い募った。
「これには見覚えがあるぞえ。おまえのかつての親分、マルカーノがわたしに呑ませようとした機械の魔種ではないか。うかうかと口に入れておったら、今頃はおまえのようにされておったぞ。こんなもの、こうしてくれるわ!」
ドーラは金属片を大理石の床に捨てると、靴の踵で力任せに踏み潰した。
金属片は、まるで生き物のような「グギャッ」という音を発して動かなくなった。
それでもドーラの怒りは治まらず、サンテに詰問した。
「さあ、どういうつもりでかようなことをしたのか、申し開きができるのなら、言うてみよ!」
サンテの死んだ魚のような目がギョロギョロと左右に泳ぎ、口の代わりの小さな金属の格子からは意味不明な雑音が漏れていたが、不意に顔面が白い平面となって、切れ目のような口が開いた。
「おお、すまぬ。戯れがすぎたようだ。勿論この哀れな機械人間は与り知らぬこと。赦してやってくれ」
ドーラは口を歪め、「よくもぬけぬけと」と罵った。
「こんなことをして徒で済むと思うたか! 同盟は即刻解消じゃ! ジタバタせずに、わが孫に中和されるがよい!」
が、白い平面の顔の口は、嘲笑うように両端が吊り上がった。
「ほう? われらがジタバタしている間に孫から時空干渉機、おまえたちの云う聖剣を横取りしてわれらを中和するのではなかったか? われらとの約束なら破ってもいいかと、兄に尋ねたであろう?」
怒りで真っ赤に染まっていたドーラの顔が、スーッと蒼褪めた。
「盗み聞きしておったのか……」
白い平面の顔は惚けたように笑った。
「おお、悪く思わないでくれ。おまえが珍しくめかし込んで真っ白な長衣を着て行くというので、サンテを通じて特製の留め金を贈与したのさ。これは周囲の物音を全て拾う機械でな、独り言まで具に聞かせてもらったよ」
ドーラはフーッと大きく息を吐くと、開き直ったようにドカリと椅子に座った。
「ふん。語るに落ちたのう、白魔。同盟相手を盗聴し、剰えあのような機械を吞ませようとして、それで約束云々が聞いて呆れるぞえ。さあ、話はこれで終いじゃ。とっとと北の大海に戻り、いつ中和されるかと怯えておるがよいわさ!」
が、白い平面は笑顔のままであった。
「言ったであろう? 全部聞いていたと。おまえがサンテには用心しなければと言ったのを聞いていたから、態とサンテにやらせたのだ。それも、如何にも怪しまれるようにな。もし、本気でおまえにこの極小端末を呑ませるつもりなら、寝ている間に幾らでも機会はあったのだ。これは、謂わば警告だよ」
「警告?」
「われらを裏切ろうなどとすれば、どうなるか思い知ったろう。おまえもサンテのような操り人形になりたくないなら、蔭日向なくわれらに協力するのだ。そうすれば、お互いに得をする。それとも、この世界全てをおまえの孫たちに譲るかね?」
ドーラの顔が憎悪に黝ずんだ。
「良かろう。約束するぞえ。今後は裏切らず、おぬしらに協力しよう。その代わり、聖剣が必ずわたしのものとなるよう、おぬしらも手伝うのじゃぞ。おお、それから、わたしが生きている限りはこの世界は自由にさせてもらうぞ。その後、おぬしらが人間を奴隷にしようが、腐死者にしようが、好きにするがいいわさ」
「おお、そうするとも。おまえが生きている限りはな」
ドーラは改めて白い平面の顔を睨んだ。
「わたしの余命は僅か百年じゃ。それが待てぬからと、手っ取り早く始末しようなんぞと思うでないぞ」
白い平面の顔の口が、苦笑するように曲がった。
「まあ、落ち着け。そのようなことはせぬと約束しよう。前回も言ったように、われらにとって約束は絶対だ。それに、われらは細々とした人間社会の統治になどかかずらうつもりはない。どうせ人間の代理人が必要なのだ」
ドーラはグッと顔を近づけた。
「代理ではないぞえ。主役はあくまでもわたしじゃ」
白い平面の切れ目のような口の両端がまたキューッと吊り上がり、甘やかすような声で囁いた。
「おお、無論だとも。この世界はおまえのものだよ、ドーラ」
同じ頃エオス大公国では、そのドーラを殺すべきだと主張するゲルヌ皇子に、さすがに孫のウルスラが悲鳴のような声を上げて反対した。
「よしてちょうだい! どんなに悪い人であっても、わたしのお祖母さまなのよ!」
すると、同じ孫のニノフが執り成すように割り込んだ。
「いや、言い難いがおれも同じことを考えた。が、やはり多少は肉親の情があって言い出せずにいたのだ。ゲルヌ殿下はそれを慮って、代わりに言ってくだすったのだ。この際、感情論ではなく、一つの案として冷静に検討すべきだと思う。どうだ、可能性の一つとして、考えてみてくれぬか?」
が、唇を震わせているウルスラではなく、これにはクジュケが反対した。
「それは難しいと存じます。この中原で最高水準の魔道の力を持ち、同体のお兄さまは、剣技でも智謀でも他の追随を許さぬ、かのアルゴドラス聖王その人なのです。ある意味、ドゥルブ以上の難敵です」
ウルスラが目を潤ませて首を振った。
「そんな言い方をしないでよ。ねえ、何かお祖母さまを味方にする方法はないの?」




