1354 ハルマゲドン(10)
大公宮の密室では、話し合いが続いている。
聖剣を使用する決意を固めたウルスラに、ゲルヌが尋ねた。
「聞いてよければだが、聖剣は今、どこに保管してある?」
ウルスラが頷いて見せると、クジュケが答えた。
「以前は、ドーラさまに気取られぬよう結界袋に入れた状態で、わたくしが双王宮の鉛の手文庫にしまっておったのですが、使用者がドーラさまとゾイアどのに限定されてより後は、ゾイアどのによって『識閾下の回廊』に隠されているはずです」
「成程。すると、ゾイアの身体を預かっているウルスラは、いつでも聖剣を取り出せるのだな?」
ウルスラは肩を竦めた。
「そういうことね。でも、残念だけど、『識閾下の回廊』から出した途端にお祖母さまに気づかれるわ。命令者としてはお祖母さまが一段上だから、そこへ飛んで来て聖剣に命じられれば、それ以降はお祖母さまの命令しか聞かなくなるでしょうね」
と、ずっと考え込んでいたニノフが提言した。
「こうしてはどうだろう。お祖母さまが、われわれ子孫には聖剣を使えないように命じたことは覆せないとしても、聖剣に自身の複製を作らせ、その複製におれの命令だけを聞くようにすることはできるはずではないか。その複製でおれが白魔を中和するのさ。これなら、お祖母さまにはどうすることもできまい?」
唇を噛んで考えていたウルスラが、首を振った。
「駄目よ。複製とは、即ち魔剣よ。それだけが原因ではないでしょうけど、五百年前に魔剣でドゥルブを中和したことで倫理観が崩壊し、それがお祖母さまが魔女化した一因になったと聞いているわ。ニノフ兄さまがそんなことになったら大変よ」
それでもニノフは引き下がらなかった。
「ならば、ドゥルブを中和した後、魔剣と共におれを抹殺してくれ。この世界を救えるのなら、この生命を捧げても悔いはない」
「そんなの嫌よ!」
感情が昂って来た兄妹を、ゲルヌが宥めた。
「まあ、待て。もっと他にいい方法があるはずだ。以前、ドゥルブの代理人からゾイアの身体を奪い返すため、今は亡き第一発言者プライムにやってもらったように、一度聖剣をドーラに渡してドゥルブを中和させてから、聖剣自身に時間を遡らせるというのはどうだ?」
その時にも立ち会っていたクジュケが「ドーラさまは同じ手は喰わないでしょう」と、吐息交じりに否定した。
「プライムどのの役目をわたくしがしても良いですが、とても誤魔化し切れません。いや、ドーラさまのことですから、聖剣を目にした瞬間に、自分以外の者から事前に受けている命令を全て無効にせよと命じられるでしょう。それでドゥルブを中和してくだすったとしても、二度と聖剣を取り戻す縁はなくなり、この世界はドーラさまのものになります。いえ、場合によっては中和すらせず、この世界をドゥルブと共同統治されるかもしれません。そうなったら最悪です」
ニノフが「いや、お祖母さまなら、中和はするだろう」と口を挟んだ。
「原種の両性族であるお祖母さまの余命は、長くても後百年ほどだ。無限に近い寿命を持つドゥルブを生かしておけば、その後どうなるかは目に見えている。まあ、たとえ中和してくださっても、五百年後には復活し、その時聖剣を使える者がいなければ、結果的に同じことになるが」
ゲルヌが父譲りの秀麗な顔を引き締めて、父のゲール帝ならば言ったであろうことを告げた。
「と、なれば、方法は一つしかない。聖剣を使用する前に、ドーラを暗殺するのだ」
そのドーラは、バローニャ州の州都ネオバロンの自分の城に戻っていた。
白い長衣からもっと楽な普段着に着替え、執務用の机に座って考え事をしているようだ。
「お帰りなさいませ、ドーラさま」
そう言いながらドーラの私室に入って来たのは、執事のサンテである。
死んだ魚のような目を虚ろに開き、顎鬚に埋まった顔の口の位置にある金属の格子から声を出している。
両手で金属の盆を捧げ持ち、その上に真っ赤な血のような葡萄酒を満たした杯が載っていた。
それを見たドーラの片方の眉がクイッと上がった。
「ほう? 気が利くのう。ちょうど一杯飲みたいと思うておったのじゃ。持って来よ」
「畏まりました」
サンテはトレイを片手に持ち替え、空いた方の手で杯の柄の部分を軽く摘まむと、そっと机の上に置いた。
ドーラはすぐには飲まず、杯をジッと見ている。
その杯はドーラが特別に造らせた切子細工を施した硝子製のもので、ウィヌムの赤い色が良く映えていた。
ドーラは優雅に柄の部分を摘まんで杯を持ち上げたが、口には運ばず、上下を逆にするとザアッと机の上に中身を零してしまった。
「これはどういうことじゃ、サンテ?」
聞かれたサンテは、惚けているのか、間の抜けたような声を出した。
「はあ。何がでございましょう?」
すると、サンテの死んだ魚のような目にも見えるようにか、ドーラは机の上にぶちまけられたウィヌムの中から、小さな金属片のようなものを摘まんで持ち上げた。
その金属片は、まるで生きているようにクネクネと蠢いていたのである。
(作者註)
聖剣がドーラに奪われそうになり、第一発言者プライムが身を挺して防いだ件については、963 代理人(14)をご参照ください。




